嗅ぎ慣れた匂い。ぴくぴくと鼻を動かすと、まどろみの中に居た子猫2匹は、そのまだ完全には開かない瞼を、そっと開いた。その奥から、青い瞳が覗く。 2匹の名は、アリアとネーヴェ。両方共、主にグレーを基本とした毛色をしていたが、空を意味する女の子はその名を示す青を、雪を意味する男の子はその名を示す白を、それぞれ、その毛色に宿していた。 寝ぼけまなこを前脚でこすると、雪の靴という種の名の通り、其処だけ真っ白な前脚を2匹はピンと立てて身を起こす。 其の侭、大きく伸びをした。猫の柔軟性にまかせて曲線を描くその背はまだ低い。伸びをしても、10センチ程度といったところである。 その高さ10センチメートルの視点を匂いのする方に向けると、その先には2匹の父親が倒れていた。 2匹の父親は、とても大きい。その自分達にはない大きな手のふわふわの毛並みが温かくて、猫たちはこの父親に撫でられるのが大好きだった。 その父親の傍ら、此方に背を向けて座り、彼の毛をつくろっているのが、父親よりも背の高い母親である。彼女には、自分達や父親のような体の毛はない。しかし、母親の頭からの毛の色はとても綺麗な青く光る銀色で、その眩しさは2匹の憧れだった。2匹は時折、どちらがよりその色に似ているかと争う事すらあった。端から見ていると、そんな風に2匹でじゃれあっているその姿こそが、彼女の毛の色に似ていた。 2匹が見ている中、父親は母親と何事か話した後、その大きな手のひらで母親の髪の毛を撫で始めた。母親は首を少し後ろにそらして、気持ち良さそうに笑っている。 いいな。ぱぱー、ボクもかまってくやさい。 ままー、わたしも。わたしも。 そう、2匹は鳴く。 振り向いた母親は、微笑むとアリアを抱き上げた。父親のふわふわさはないけれど、母親の少しひんやりとした、しかしながら温かなその手も2匹のお気に入りだった。その手に撫でられて、アリアは鳴くのをやめ、細い目を閉じて気持ち良さそうにアリアが喉を鳴らす。 アリア、ずるいでゆ。ぱぱー、ままー、ボクも、ボクも。 残されたネーヴェが、自分も撫でてよとより大きな声で訴えだした。 母親は父親に何事か言いながら、ネーヴェもそっと抱き上げる。 もっと、もっと撫でてよー。 撫でられていた手が離れた事で、アリアがまた鳴き出した。ネーヴェもまだ鳴きやまずに、2匹の大合唱がにゃーにゃーと広い部屋に響く。彼らの小さいからだの何処にそんな力が隠れているのだろうかと不思議になるくらいだ。 其処へ母親と父親の2つの手が伸びてきて、それぞれを撫でた。 途端、大合唱は静かにごろごろと喉を鳴らす音に変わる。 父親のふわふわの暖かさと、母親のひんやりとした温かさ。そして手の平越しに伝わってくる優しさが心地よくて、2匹は再びうとうととしだした。 しかし、その心地よさがふと無くなって、2匹は顔を見合わせるとそろって父母を見上げた。 すると、なにやら母親が自分達の口調を真似て、父親に甘えていた。父親はそれに対して微笑みながら、母親を優しく撫でている。 それを見て、ネーヴェがそっとアリアに囁く。 まま、ボクらみたいでゆね。 うん、そうでゆね。 そして、アリアがネーヴェに囁き返した。 まま、ぱぱ、しあわせそうやね。 うん、そうでゆね。 その二人があまりに幸せそうで、2匹は鳴く事を忘れ、ぼんやりとその光景を見つめた。 自然と寄り添う2匹。時折、尻尾がゆらゆらと揺れる。 暖かな静寂に包まれた、永遠に続くかのような幸福な一時、 だが、二人がくすくすと身体を揺らして笑い出すと、自分達に伝わる振動で我に返って ぱぱー、ぼくもー。 ままー、わたしもー! かまってかまってと、にゃーにゃーと思い出したように主張しだした。 かくて静寂は破られる。 だが。 そんな2匹に気がついた母親は、父親と顔を少し見合わせた後、仕方ないなぁという風に笑ってから再び2匹の頭を撫でる。それを微笑みながら見守る父親。 そして目を細めて喉を鳴らす2匹。 幸せな時間は続いていく。 そうして今度こそ、2匹の意識は父母の温もりに包まれて、再びまどろみの中へと落ちていったのだった。