FEGの超高層ビル群から車で約1時間ほどの場所。1台の車が土煙を上げながら国境に向け走行していた。 「へー、まだあったんだ。砂漠」  ラファエロからプレゼントされたブレスレットを手の中で廻しながら緋璃が呟いた。藩国の中心から離れ、国境近くまで来ると多くの自然が残っていた。時間と共に気温も変化するし、西国の特徴でもある砂漠がまだ残っている。  FEGでも広く普及している様々なドレスを生成するブレスレットも国境近くまで来るとサービス範囲外であり、ドレスを生成することはなかった。 「懐かしい風景ではあるな」  愛車スバル360のハンドルを操りながら、ラファエロは目を細めた。この辺りは彼が最初にFEGに来たころの面影を強く残している。 「FEGがあんなに変わっているなんて、思っても見なかった」  緋璃がFEGの政庁がある方角を振り返り呟いた。  かつて自らが所属した藩国の急激な変化に驚きを隠せないようだった。 「変わっていて不満か?」 「そういう訳じゃないけど」 「本当は、スカイガーデンにでもと思ったが」  ちらりと緋璃の様子を伺いながら、ラファエロは運転を続ける。どうやら、当初の予定を変更してFEGの超高層ビルに作られた空中庭園に向かわなくて正解だったようだ。 「ごめんね。なんだか素直に楽しめそうにないから」 「いや、重要なことだ」    道らしい道もなく標識などまったくないが、ラファエロの運転には迷いがなく、一直線に目的地に愛車を走らせている。かつて何度も走った道でもあるのだ。 「とにかく人口が増えすぎて、かといって地下にものびれずに、それで上へ上へ開発がすすんでる。それが今の光の国だ」 「地下にはドラゴンが眠ってるもんね。今じゃ別名、尖塔の都だっけ?」  他の藩国では、地下都市や水中都市などを建造し人口の増加に対応するところもあったが、FEGの国民は地下にも水中にも進出せず空を目指し競って高いビルを建造していた。いずれは宇宙にまで達する巨大なビル、軌道エレベーターを建設するかもしれない。 「そうだ。空中庭園をそれぞれのビルが競って作っているからな。この国に居た時は、遊ぶために街中を歩いたことはなかっただろ」 「そうだねえ。住んでた頃から遊んだことは無かったな」 「・・・まあ、いろいろ忙しかったからな」    砂丘を越えると昔ながらの小さなテントや岩をくりぬいて作った家からなる集落が見えてきた。  今では光の国と呼ばれ、超高層ビルが立ち並びニューワールドの中でもトップクラスの繁栄を見せるFEGであったが、建国当初はこの集落のようなテントや岩をくりぬいて作った家で生活を送っていたのである。 「懐かしいね・・・」  車を降りた緋璃は、空調が行き届き快適な環境であるFEG中心街とは違い、少し埃っぽい空気を胸一杯吸いつつ呟いた。  建国以降、幾年もかけて発展してきたFEGであるが、中心街のように変わってしまった所もあれば、この集落のように建国当時のまま変わっていない所もまだ残っていた。 「何事も変わらないことはある。この国は膨張し繁栄しているが根源的な部分では変わっていない。彼もそうだ」  ラファエロはテントから出てきた老人に手を上げて挨拶を送っていた。  老人も同じように手を上げ挨拶を返し、よく日焼けした顔をほころばせ白い歯を見せて笑いかけた。 「久しぶり……ですかな」  ラファエロと緋璃を迎えた老人は、この集落の長老であった。FEGが建国された当初からの住人でも有り、FEGに滞在していた頃のラファエロとも親交があったようである。 「妻だ。結婚した」 「では、新婚旅行の途中で?」 「まあ、そのようなものだ」  老人は、黙って頭を下げていた緋璃を見ながら嬉しそうにうなずいた。見覚えがある顔だったのだ。   「確か、風野……様だったと」 「はい。風野緋璃といいます。もうこの国を離れてしまいましたが、覚えていてくださって嬉しいです」 「昔、王の婚礼の時に、参列しておりました」 「ああ、あの時に・・・。棒で王様を支えるなんてFEGならではですね」  緋璃は、是空王の婚礼とそれに続く戦いを思い出した。あの時は、FEGの一員として戦った緋璃とラファエロであるが、現在は帝國の宰相府に所属している。時間は流れ、いろいろなものが変わったが、自分たちもまた変わっていたことに思い当たり思わず苦笑をもらした。 「あの頃はよかった」 「……ええ」  老人と緋璃は遠く懐かしむ目をしたが、ラファエロだけは違った。 「俺は今のほうがいいぞ」 「あ、もちろん個人で言えば今が幸せだよ?」  あわてる緋璃をラファエロが微笑んで見守る。  その光景を老人は唖然として二人を見ていた。妻との惚気を見せるとは、FEGにいた頃のラファエロからは想像できない光景であった。 「確かに、今のほうが良いこともありますな。昔がすべて良かった訳ではないということですな」  ラファエロはニヤリと笑い、老人に向き直った。 「今は税金はらわんでいいだろう。さ、砂漠のパンでも食うか」  老人は、はぐらかされたと思ったのか複雑な顔を見せた。ラファエロが簡単に本心を見せるような人間ではなかったのを思い出したのだ。とはいえ、本心を見せれない相手を妻にするような人間ではないことも知っているため、二人が結婚したことはとても喜ばしいことであった。 「しかし、今の人の口に合うか」 「俺の妻はエレベーターレストランがお気にめさんらしい。それ以上となるとここしか思いつかんかった」 「いただきます」  二人の言葉に老人は顔をほころばせると、自分のテントに二人を案内すると食事の用意を始めた。遅くなってしまったが、古くから伝わるFEG流の結婚祝いをするために。 END