「この夏限定! 当店自慢の新作カクテルはいかがですかー」     ――夏の園にて。商魂たくましいという言葉の見本―― * * *  場所は宰相府藩国、夏の園。  今宵ばかりは海辺の波の音も遠く、遠く。  普段は静かなリゾート地として訪れた人々に癒しを提供するこの地にあって、赤毛の少女は目に鮮やかな浴衣をその身にまとい、馴染まない感覚にとまどっている。  少女の名は玄霧火焔。  限りなく控えめに言って、わりと張り切っている女の子。  今日の彼女は鏡やガラスや水面など、自分の姿が映りそうなところへ通りがかるたびに足を止め、しきりに姿を気にしている。  それでも落ち着かないのか、ここでもまた、何をか確認するように袖を握って数回くるくると身を返す。  丈の短いスカートで派手なアクションを繰り広げることを全く厭わない彼女だが、浴衣というものは布面積の割にどうにも頼りない気がする。  どうやら布面積の大きさが羞恥心の決定的な差ではないらしいが、それはそれ。  火焔を惑わすものは浴衣だけではない。  街の中に生まれた喧騒。  色とりどりの電飾に彩られた一夜限りの屋台村。  海を臨む通りを満たしているのは戦火による物々しさではなく、人々の活気から生まれる音だ。絶え間なく生まれ続けるそれらは、さながら海のように火焔には感じられる。  待ち合わせまでの時間にはまだ少し余裕がある。  火焔は歩を緩め、押し寄せる賑やかな波たちに身を委ねてみることにした。 「ひんやりおいしいアイスバーですー。おひとついかがですかー?」 「うわっ、あの子チョーかわいい」 「迷子にならないように手、つないどこうぜ」 「うん、お兄ちゃん」 「コラ、どこ見てんのセクハラ男子ッ!」 「焼き鳥いかがっすかー。当たり串が出たら一本オマケしちゃうよー」 「イテッ、なにすんだよ。ったくこのワンリョク女子ッ!」 「カクテルいかがですかー。あ、そこのお嬢ちゃんとボクにはまだ早いからダメよ☆」 「なによー」「なんだよー」 「そこのお二人さん、うちの新作カクテル飲んでかなーい?」 「えっ」「あっ」「「遠慮しときます」」  人の声、声、声。  単独、カップル、親子、きょうだい、友人連れ。  比率にすると1:3:2:1:3。  たぶん。メイビー。 「へへ、きれーだねー」 「大事にしてあげなくっちゃね」  対面を行く母娘が、娘の手首に下げられた水風船のようなビニール製の水槽に浮かぶ魚を眺めて歩いていた。  見えない壁で隔離された世界の中で、金魚は俗世の喧騒には興味ないわと言わんばかりに、プクプクと口を動かしている。  実に平和だ。  ここにいる人は誰も、難しい顔をしていたり俯いたりはしていない。  よきかなよきかな、と。  火焔は自然と頬が緩むのを実感する。  楽しい雰囲気は好き。むしろ大好き。  待ち合わせ場所へと向かう足取りも自然と軽くなる。  火焔は浴衣を着ていることも忘れ、小走りになって。  ふと、 「ラブ☆バーニングカクテル……」  ぽつ、と呟いた言葉は誰の耳に届くこともなく静かに消える。 * * *  ヒーローとは人の笑顔を守るものである。  で、あるならばやはり、ここはひとつヒーローらしく一肌脱いでみるべきだろうか。 「よっ」  軽く手など上げてみる。  待ち合わせ場所には想い人が待っていた。  おそらくは、どこにも行かず約束の時間が来るまでここで待っていたのだろう。  私の大切な人はそんな人。 「久しぶり。今日は付き合ってくれてありがとう」  私と同じ仕草で声に応えてくれたのは紫髪で長い耳をした人、玄霧くん。  表情が硬い。ついでに言葉も硬い。 「どこか廻りたいところある?」  なんだかフィクションの主役みたいな型通りのセリフ。  ぷっ、と吹き出したくなるのをこらえる。  あの賑やかな場所にこの小難しい顔をした男を連れてって、露店のおっちゃんやおねーさんが声を掛けるのを躊躇うようなマジメカタブツオーラを放出し、盛大に浮いた挙句に私のお・ね・が・い☆パワーで買出しに行く玄霧くんとそれを眺めるその他大勢with私、という図式を想像して、  うん、それはそれで面白いかも。  えっと。  まずは、んーと、そうだ。 「あ」  手、つなぎたい……から、つないだ。  さっきちょっと走っちゃったから手のひら湿ってたかも、と実行に移してから軽く後悔し、  でもまっ、いっか。 「ありがとう。なんだろう。コレだけで癒される」  だってほら、面白いもの見れてるし。  玄霧くん表情がやわっこくなっていくの図。  お湯をかけたお煎餅みたいにフニャってく表情。  こうして玄霧くんはキリキリくんへと変身を果たし、ようやくのこと私の彼になり、 「なにそれ」  私は遠慮なく、彼のノリに乗っかってみることにする。  えーと、そうだな。  選択肢その1、ブンブンつないだ手を振ってみる。  選択肢その2、浴衣に対する感想を求めてみる。  選択肢その3、くるっと回って、ばう! 「……歩く?」 「ん。」  ひよった私と肯定を返す彼。  ごめんよ私。私は私の期待に応えられそうもないよ。  手をつないだまま歩き始めて、やー最近仕事がきつくてねーなんて言ってる玄霧藩国藩王玄霧くん今はキリキリくん、あ、今思ったけどちょっとした早口言葉みたい。 「仕事? 王様も大変ねー。やめたら?」  そして私とお肉食べ放題の国に行くのよ!  なんて。  さすがに言えないけど、適当なことを言ってみる。  そしたら、 キリキリ「よしじゃあやめる!」   (鉄・拳・炸・裂!) 私「よしよく言った歯ぁ食いしばれ!」 キリキリ「いや俺もう殴られたよ?!」 私「じゃあもう一発!」 キリキリ「なんでどーしていやまて追加で2発はオーバーキル!?」  なんてことにはもちろんならなくて、  現実は、 「あーうん、火焔さえ居れば俺はどれだけきつかろうがいいや」  彼はそう言ってなんでもないことのように笑って、  こっちが見てないトコでそうやってひとりで抱え込んで、 「もっと私の相手しろっていってんの」  だから私は、空いた手でつーんと、キリキリくんの額を突いてみる。  疲れた顔に付き合わされる私の身にもなれっての。 「ははは、申し訳ない。モット頑張って時間作ります」  ホントにわかってるんだかどうなんだか。  んー、つんつん作戦じゃなくてもっとこう。  そうだ。こう指先で、ぐりぐりと。 「というか時間少なくてごーめーんー」  あはは、面白い顔。  でもまっ、 「よろしい」  許してあげようと思う。  だってほら、やっぱ口にしてもらえると嬉しい。  その……気遣いというか。 「あー、えーと、夜店でものぞく?」 「ううん。……このまま途切れるまで歩かない?」  もっと一緒にいたい。  彼と一緒にいられる。それがたまらなく嬉しい。 「じゃあそうしようか。白状すると、恋人と祭りを歩く経験なんか片手で数えるほどもない」  恋人。  と、祭りを歩く。  片手で数えるほど。 「……私は初めてだけど」  負けた気がして悔しかった。  あーそうね玄霧くんは身分よろしい王様でキリキリくんだから経験豊富だもんね。  ふーんだ。  どうせ私はブルペンエースですよーだ。 「えー、ほら、アレだ。前の小笠原、アレ込みで俺も2回目のつもりだったんだが」  見る間にあたふたするキリキリくん。  しどろもどろになって面白い。みんなに見せてあげたいくらい。  委員長。  キリキリの手は湿っております。嘘つきには厳罰を与えるべきであります。 「あー、えーと。スイマセン見栄張りました。火焔以外となんかいったことないです」  あ、白状した。  過大申告したキリキリには罰として、私と腕組みの刑を命じることとします。  では実行。 「おわっ」 「んー、なあに?」 「いやうん、なんでもない」  強がっちゃってまあ。  でも合格。  ドキドキしてるのキミだけじゃないんだよ。  私だってその、さ。  その、うん。  ふいんき? 雰囲気? だよね。こういうのって。  好きな人と腕を組みながら歩いてると、景色が違って見えることを知った。  正直言うと、あんまりこの場にいるのが好きじゃなかった。どうにも場違いな気がしてた。  でも大丈夫。今なら平気。 「わっ」  なんて。  油断してたら人にぶつかりそうになった。  今流行のヒーローのお面を頭の横に付けた男の子が、女の子の手を引いて脇を走り抜けていく。  離れないように。迷子にならないように。それでいてリードするように。 「どうかした?」 「ううん。気にしないで」  もっとちゃんと組んだほうがいいかな。  ほんの少し、身を寄せてみる。  視界の隅に、黒々とした字でやきそばと書かれたテントが映る。  焦げたソースの匂いが私を呼んでいる。ジュージューと白い湯気を上げて誘惑してくる茶褐色が恨めしい。  でも、たまにはこう、食い気より色気的な、  火焔ちゃんオルタナティブみたいな、  そういうとこも見てほしいから。  がまんがまん。  負けるなっ、私! 「……どうにもこう、なんだ。気恥ずかしかった」  ぽつ、と。  呟くように彼の口から漏れた言葉は、ちゃんと私の耳に届いた。 「うん」  言葉って不思議。  こんなに人がいて、音が溢れてるのにちゃんと伝わる。  わかってるよ。  それくらい私にだって。  だから、 「おわっ」  私は相手には言葉に出して言ってほしいけど、私自身は考えるより早く動くタイプだから。  ということに、しておいて。 「…………」  キリキリくんの肩、乗せ心地はなかなかいい。  でもって頼りがいは……  うーん? 「んー……幸せ」  あはは。  こんなこと言ってるようじゃイマイチかも。 「あーコラ、笑うな」 「早く元気になれ」  そして私ともっと一緒にいなさい。  じゃないと毎日がつまんない。 「そうだなー。火焔ともっと一緒にいれたら常に元気になりそうだけど」  それは私もそうだってば。  視線を上げると目が合った。すぐに逸らされた。 「ま、頑張る。全てにおいて頑張れば大丈夫だろう」  簡単そうに言って彼は笑い、 「うん。そういうところ、好きよ?」  全然簡単じゃないことは私にもわかる。  強がってテキトー言ってるだけかもしれないし、考えなしの本気かもしれない。  ただ、私と天秤にかけてくれてる、そのことがなにより嬉しい。 「俺はそういってくれるところも好きだし、全部好き」  おー?  いつになく積極的じゃない? 「火焔が笑ってくれてれば大丈夫。今日みたいに元気になる」 「なあーにそれ? 口説いてるつもり?」  でもね、ほら。  みんなこっち見てるよ、もう。 「んー。俺はいつも本気です。というか。事実を述べてみた……ほら、こういうの慣れてないので語彙が少なくて。すまん」 「はいはい」  でも、嬉しいんだよね。  こっちをガン見していたカップル未満っぽい二人に、玄霧くんに気付かれないようにこっそり小さく手を振る。  あ、逃げてった。  でもえーっと。  返事は……いるのかな。いらないのかな。 「あー、うん。しまった。もうネタがない」  暑い暑いと手で顔を仰ぎながらキリキリもとい玄霧くんは独り言のように呟き、 「むー。どうしよっか?」 「店がなくなるまで歩いて、次は引き返して冷やかして回ろうか。……火焔がそれでよければ、だけど」  あ。そこで私に投げるんだ?  どーしよっかなー。どーしよっかなー。  よし。決めた。 「ま、そうね」 「それとも、どこかで座る?」  それは、返事を期待してるからなの?  私はそこまで待ってあげない。  だって考えるより早く行動するタイプだし、  私は今ここで、  キミに、  こうして、  伝え、  たから。 * * *  これはひと夏の恋の魔法。  ふたりの距離を近づける素敵なお酒。  当店新作ラブ☆バーニングカクテル、お立ち寄りの際はぜひご賞味くださいませ。