【ナニワアームズ商藩国 地表砂漠】 爆発。遅れて響く轟音。 衝撃を受けた大量の砂が空へと舞い上がる。 降りそそぐ砂塵を浴びながら、暮里藍実は目の前にいる化け物を睨みあげた。 一面に広がるナニワアームズの砂漠、その景色すら覆ってしまえそうなほど巨大な竜が、男の前でひどくゆっくりとトグロを巻いていた。 まるで暮里のことなど気にもとめていないかのように、その態度からは余裕が感じられた。 そう、それは竜としか呼べない生物だった。 鋭く光る切れ長の目。大きく開いた口。長く太い胴体。 目算で10メートル以上はあるだろうか。 理屈はわからないが、少しづつ巨大化し続けているように見える。 見た目こそこの国でよく見かける怪獣のたぐいに近いものだが、纏っている空気と威圧感はまったくの別物だった。 地下に潜む怪獣たちの王だと言われても、暮里は信じるかもしれなかった。 「最初はただの蛇かと思ったんだがな」 苦い顔で暮里はつぶやいた。 図体はでかいくせに動きは素早く、おまけにこちらの動きを読むほどに頭もいい。アンフィスバエナよりも厄介な相手だ。 勝てるのか? わからない、勝てないかもしれない。 数度の攻防で得た相手の実力と、己の力量を天秤にかけ、客観的に判断した結果がそれだった。 一瞬の迷い。 死ぬかもしれないこの状況で、浮かんできたのは母の顔ではなく、一人の男、ではなく今は女、だった。 なぜかよく自分のところへやってくる、おかしな第七世界人。 もしここに奴がいたら、なんと言うだろう。また怒るのだろうか。 まぁいいか、とつぶやいて暮里は思考を中断。覚悟を決めた。 前傾姿勢にかまえて筋肉を引き絞る。 その時、空から一騎のRBが降り立った。 青と白を基調とした鮮やかな装甲。希望号一号機。 ちょうど竜を挟み撃ちに出来る位置に着地して、剣鈴を抜き放つ。 なめらかな操縦と隙のない剣鈴の構え。 間違いない、乗り手はヘイリー・オコーネルだと暮里は確信した。 国の様子を探るべく行動を共にしていた暮里とハリーが敵、つまりはこの竜と遭遇した時、二人は連携して戦っていた。 しかし想像以上に苦戦を強いられ、このままでは勝てないと判断。暮里が時間を稼いでいる間にハリーは軍基地へ向かい、希望号を持ち出してきたというわけだった。 これ以上は持たない、と考えた暮里が決死の覚悟で攻撃を敢行するギリギリのところで、ハリーはなんとか間に合ったのだ。 ったく、遅いってぇの。と口だけで言って暮里は笑った。 そのまま逃げてもいいはずだった。だがハリーは戻ってきた。 もとよりそういう男だとは知っていたが、信ずるに足るという事実を確認できたことが、どうしようもなく嬉しかった。 「デートの約束に遅刻はよくないな。彼女が暴れだす寸前だったぜ」 『すまない。遅れた借りは戦場で返す』 飾りのない実直な返事。 だがその言葉は必ず果たされるであろうことを、暮里は知っていた。 こいつは幸せになるべきだと暮里は思った。 この男が不幸の中で死ぬような世界は、どう考えても間違っていると。 暮里は姿勢を正してゆるやかに構えた。その姿はまるで舞踏を踊るよう。 呼吸を整えて胸を張る。表情は穏やかで、うすく微笑んでいるようにも見えた。 もしも騎士が帰ってこなければ、姫君は嘆き悲しむだろう。 誰よりもそれを許さないのは他ならぬ騎士自身。 そんな悲しみを叩き潰すためならば、命を賭けても惜しくはない気がした。 「いくぞ」 ゆらりと倒れこむように、すべるような走り。一気に間合いを詰める。 竜の足元まで詰め寄った暮里は、そのまま全身のバネを駆使して渾身の蹴脚を叩き込んだ。 暮里の何十倍もある巨体が転倒する。 戦いが、始まった。 /*/ 【ナニワアームズ商藩国 第3階層】 そこは、ひどく暗い場所だった。 光源と呼べるものはなく、一歩目を踏み出すことすら躊躇させるほどの深い闇だけがあった。 かすかに聞こえるのはコウモリの羽音、低く唸るような獣の声。 戦いが始まるその少し前。 太陽の光すら届かない陰鬱なこの場所に、二人の男が降り立った。 「……変わったな」 厳しい目つきで、ヘイリー・オコーネルはそうつぶやいた。 「この階層も、ほとんどの住民が発病してるようだ。俺達もいつああなるか、わかったもんじゃない」 そう言って、暮里藍実はあたりを見回した。 よく見れば隅のほうに、膝を抱えるようにしてうずくまる人影がある。 しかしそれは、すでにヒトではなかった。 身体はねじくれて、腕は刃物のように鋭く、瞳は血のように赤い。 いつ二人を襲えば新鮮な肉が食べられるかと、さきほどからずっと隙をうかがっている。 冶金工場で働いている者の中で謎の病が流行っているとは聞いていたが、どうやら事態はかなり深刻なようだ。 「なんやー、お天道さんに挨拶もせんで。こないなところに閉じこもっとったら、もやしになってまうでー」 このどシリアスな場面にはまったく似つかわしくない陽気な声が響き渡った。 声のしたほうに目をやると、そこにいたのは一匹の蛇。 二人には知るよしもないことだが、詩歌藩のおっちゃんことウイングバイパーだった。 「最近はへびもしゃべるのか?」 節操がないな、と暮里。 「蛇知類に会ったのははじめてだ」 これは意外なものを見た、とハリー。 第七世界人からすれば知らぬもののいない有名蛇だったが、二人にとってはただのしゃべる蛇だった。 「辛気臭いことせんで、パーッと派手にやったらええねん!」 二人の言葉をまったく無視して、蛇は声を張り上げる。 するとその呼びかけに答えるように、大地が揺れた。 揺れはだんだんと大きくなり、立っているのもやっとの大地震に発展した。 Let's Bon-Dance party!! ひときわ大きく蛇が叫ぶ。いつの間にか生えていた背の翼が、一気に光り輝いた。 まるで閃光手榴弾のような、もしくは撃破されたRBの爆発のような光が放たれた、その直後。 目をあけた二人の見た光景は、想像を絶するものだった。 まず、なぜか見たこともないような珍妙なダンスを踊っている互いの姿。 二人だけでなく、近くにいた国民たちも同じステップを踏んでいる。 よく見ればそこらに生えた草花や石ころまでもがまったく同じ振り付けで踊っていた。 もしかしたら、国中がこの踊りを踊っているのかもしれない。 まさに悪夢としか言いようがなかった。 こういったギャグなノリに慣れていないハリーは一瞬、あまりの急な展開に思考を放棄しかけたが、感覚10による判定に成功、どうにか意識を繋ぎとめることに成功した。 「どや、楽しんどるかー」 などと暢気なことを言いつつ、さきほどの蛇が近づいてきた。 「やめさせろ。今すぐに」 瞳に怒りを込めてそう言い放つ。どうでもいいが、盆踊りをしながらではまったくしまらない。 「なんでやめなあかんねん。全員同時に踊らせんのも大変なんやぞ」 「ならば力ずくで止めさせてもらう!」 ハリーは筋力15の判定に成功。筋肉でみずからの盆踊りを無理やりやめることに成功した。 そのまま敵に掴みかかる。ひらりとかわすおっちゃん。 その身のこなしはまさに―――――― 「全盛期の吉田義男やな!」 「誰のことだ、それは!」 再び攻撃を仕掛けるハリー。しかし、当たらない。 何度かそれを繰り返すうち、不自然なことに気がついた。 「大きくなっている……?」 最初に見た時から比べて、長さが倍以上になっていた。 よくよく目をこらして見れば、踊っている者たちの身体からなにか光のようなものがあの蛇へと流れ込んでいるのが見えた。 なにかはよくわからないが、躍らせてなにかを吸い取っているらしい。 そうして身体を大きくしているのだろう。 「蛇のくせになんで野球なんだよっ!!」 ハリーとは逆方向から暮里が蹴りを放つ。 こんどは当たった。しかし、効いているようには見えない。 そのタフさはまさに―――――― 「真田重蔵ばりのタフネスやっ!」 「だから誰のことだ、それは!」 「フン、吹きもしない六甲おろしを待ってるやつの気がしれないな!」 「そのことは言うなやぁぁぁぁっ!!!」 暮里のツッコミに本気で頭にきたのか、大暴れしだすウイングバイパー。 なぜか目からビームまで出ている。もはやなんでもありだった。 /*/ そうして、話は冒頭の戦闘描写へと続くのである。 目を光らせて呪い的ななにかをかけるおっちゃんに対抗すべく、どうにか筋力判定に成功して踊りを止め、攻撃を仕掛ける二人。ひらりとかわすおっちゃん。その雄姿はまさに黄金時代のパチョレック。ありていにいって手のつけられない状態だった。 何度やっても当たらない。いや、たまに当たっているのだがなぜか効いていない。 ハリーがどうにか持ち出してきた希望号一号機でシールド突撃をかましても、暮里がマジギレして精霊手を放とうとも ノーダメージ。 それもそのはずこの時のおっちゃんは『みんな、おっちゃんに健康を分けてくれ!!』みたいな魔法によって無駄に健康な身体になっているのだった。 評価値に換算するとなんと脅威の540、某アイシャドウのオカマも真っ青の健康っぷりだった。 どうでもいいが、なんでも魔法だと言っときゃ許されるのは本当に楽だ。SS書く時は今度から全部ギャグにしようそうしよう。 「今のわいはさながら全盛期のバースやからな!!1」 「自分で言うなぁぁっ!!」 暮里、渾身の精霊手。情報分解。しかしおっちゃんは不思議な魔法でばっちり回復。暮里はノータイムでそのまま盆踊り再開。 魔法詠唱の隙をついてハリーはシールド突撃を開始。情報分解。しかしおっちゃんはちょっと無敵すぎる魔法であっさり回復。ハリーはそのまま休むまもなく盆踊り再開。 精霊手。情報分解。回復。そのまま盆踊り。 シールド突撃。情報分解。回復。ノータイムで盆踊り。 精霊手。情報ぶんk(ry シールドとつg(ry ・・・・・ ・・・ ・ /*/ その戦い(?)は三日三晩に渡って続き、国民全員の腹筋が六つに割れ、暮里とハリーは八つに割れたところで力尽き、おっちゃんが満足するまで終わることはなかった。 その後、アホほど巨大化したおっちゃんは巨●の星を噛み砕くべく、空の向こうへと旅立っていった。 こうして、ナニワアームズ商藩国史上にのこる迷勝負は幕を閉じた。 守上藤丸と乃亜・クラウ・オコーネルの両名がやってくるのは、これより数時間後のことになる。