/*/  灰色の空。荒廃した土地には、夢を見た人間たちの陽気な音楽か、夢を見ていた人間たちの沈痛な静寂が流れているものだ。  この国の場合は、それが後者だったらしい。何人もの人間たちが、ポリタンクいっぱいに注がれた清涼な水を両手に持ち、自分たちの住まうテントへの帰路についている。  その表情には、総じて笑顔はない。険しく、皺のよった無表情に近い顔を下に向けて歩いているのがほとんどだった。  そんな中だからこそ、目の前の、ドラム缶の上に腰を下ろして姿勢を正しているこの男性の挙動が、彼女の興味をそそったのかもしれない。  周囲の、テントと枯れ木と切り株ぐらいしかない景色を、助けを求めるような眼で見渡す彼を見て、鋸山Bは不思議そうに微笑んでみせる。  対面のドラム缶に座り、揃えた足をプラプラとさせて『退屈ですよー』とばかりに構って欲しいサインを示してみたりするが、どうやら彼はまるで気づいていないようだ。  やっと諦め、軽く息を吐いて落ち着きを取り戻すその姿に、何事もなかったような笑顔を返す。 「いや、何を話したものか、頭から飛んでいってしまって」  諦めた挙句の言葉がそれか。やり手の外見印象とは違い、存外初心な姿に、思わず鋸山Bは、口元に指を当てて自然な笑みを浮かべた。 「用件がなくても、いいじゃないですか」 「うん、そうですね……。あ、そういえば、カマキリの方々って、最近何をされてるかご存知ですか?」 「植林を急いでおられます。土壌の保水力に大きな問題があるって、聞きました」  気づかれない程度に小さく、嘆息を吐きながら彼女は答えた。  実際に見たわけではないが、頭の痛くなるような酷い状態だったらしい。  おかげで少し前まで暮らしていたビルが倒壊したほどだ。嘆息も吐きたくなる。  頷きながら、彼は眉間に皺を寄せて難しい顔をする。暮らしていた人々への影響でも計算しているのだろうか。 「ビルの倒壊の時は、やっぱり大変だったみたいで」  そんな姿を、鋸山Bは膝に頬杖を付き、話の続きを促すように見つめた。 「カマキリさんから、被害が0だったとお聞きして、本当に胸を撫で下ろしました」  頭をやや傅き、上目遣い気味に、 「あーいやえーと」  じっと、そのままの姿勢で彼の眼だけをまっすぐに見つめ、 「勢い込んで会いに着たはよいのだけど、あなたがもし万が一怪我でもしていたらとかそういう不安でですね……」  両手で頬を包むように頬杖を付き、足をゆっくりとプラプラさせながら。 「ま、まあ置いておいて!」  鋸山Bがにっこりと、見せ付けるような笑顔を向ける。  瞬間、彼はその場に崩れた。 「ごめんなさい。いじわるですね」 「いやあ、僕がへちょいだけのお話なんで。すいません話題なくて」  僅かに舌を見せ、クスクスと笑いながら項垂れた彼を鋸山Bは見下ろす。  トホホとばかりに頭を上げながら、今度は隠し立てする様子もなく話題を探し始める彼に助け舟をだしてやることにした。 「えっと、なんの話がいいかなあ」 「んー、身近なことで、何が欲しいとかでなくても気がかりなこととかありますか? お手伝いできること、出来ないことは色々あると思いますが」  聞きながら、彼女は再び笑顔を浮かべる。  その笑顔は、本日最良、最高の、まるで向日葵の花のように明るく、活力の溢れたそれだった。 /*/