黄色が風に舞う。  同時に、白い蒸気に重ねられた香ばしい匂いが周囲へ漂った。 「サヨちゃんに会いに行くから暫く離れていてください、ねえ」  同じ会社の社員から伝えられた言葉を復唱しながら、須田直樹は携帯を閉じ、ディスプレイライトが消えぬままに制服でもあるイエロージャンパーのポケットへしまった。  遠く、視界の端には少女を連れた黒いスーツの男。こちらの視線に気づいているのか、素顔を隠すような巧妙な角度で頭に乗せられた帽子からは、日の光に輝く金髪が零れている。  紛うことなき敵の姿にして、会社に電話して「見逃して欲しい」ときた男だ。電話したのは隣を歩く彼女ではあるが。 「断りは入ったけど、だからって何もしないわけにはいかないんだよねえ」  呟きながら、塩を振っただけの串カツを頬張る。  そういうものだ。というか、そもそもそこにいる男は見敵必殺すべき敵であり、それの言葉をそうそう信じていいとも思えない。  ……まあ、口にしたのは隣の彼女だし? 僕らの仕事は小さい子に希望を与えることなわけだし? というか殺したら殺したでまた問題が増えそうだし? 見逃さないにしてもうっかり通してしまう方法ならいくらでもあるが―― 「ティータイムを邪魔されたしなあ」  邪魔され、爆弾によって文字通り粉々に吹き飛んだ安らぎの時間に思いを馳せ、黒い感情――とまではいかない、せいぜい灰色程度の淀んだものがふつふつと湧き上がってくる。  爆破されただけならまだいい。まだいいが、その上で人のくつろぎタイムもとい間食の時間を邪魔されたのだけは見過ごせない。  最後のカツを串ごと味わいながら考える。どうしてくれようか。――一発見せしめにするか。  どこかで見ているかもわからない誰かへ、須田はにやりと笑みを向ける。口に咥えた串を上下に振りながら。 「まあ、目の前でラブラブされてたら少し弄ってやるのが礼儀ってもんだよね」  手を繋ぎながら須田の視界の中央に入ってきた2人に、うんうんと一人納得する。  そんな歪んだ芸人魂はいらないのだが……世の彼氏彼女はそう思うだろう。しかし、大抵の彼氏彼女というのはこうやってその絆を育んでいくものだ。きっと。 「さて、食べ終わったし――行くかな」  唇から串を引き抜き、指の上でクルクルと遊んでからそのままそれを空に向かって打ち上げた。  美しい正円の軌跡を描きながら、串は込められた力で行けるだけの距離を昇り、頂点に達すると元来た道をなぞるようにして真っ直ぐ須田の脇を掠め、彼の足元へ落ちる――同時に、そこにあったはずの足が消えた。  瞬く間に、視界に写っていた敵の背後を取った男は、串に変わって懐から取り出した銃を向ける。 「よう。今死ぬ?」  道化師の黒い銃口が、笑いを堪えるように微かに震えた。