/*/ 「どうやって孫を助けるか、それが問題だ」  差し込む陽光が、老人の顔に浮かび上がる幾つもの皺に影を落とす。  必要以上に表情の凹凸を見せながら、老人は力ない顎にあらん限りの力を込め、静かに、強く奥歯を噛み締めた。 「あの子を助ける方法はないのでしょうか……」  相対する女性は床に視線を落とし、祈るように両手を握りながら呟いた。その声はか細く、木々の枝先で無神経な鳥の囀りにさえかき消されてしまいそうなほどだ。  その声を掬い上げるように聞き取り、老人は何度か優しく頷き、自由に空を翔る鳥達を恨めしげに見上げながら口を開く。 「うん。うん。夢の世界のどこをさがしても、もはや柘榴はおらぬという」  老人は蒼く、澄んだ空を見上げる。  その心地よいほどの快晴さえ、どこか苦く思えた。 /*/  2人が現状に絶望しているころ、深遠のさらに奥、凍てつく凍土よりも冷たく、燃え盛る炎よりも熱い、何もない闇の中にそれは居た。  闇の中でありながら、それを越える暗黒を纏った歪に捩れ、神が自ら死に近づいた末に会得した、もはや現代には存在しない太古の昔に使われた神秘の文字の刻まれた不可思議な刀身を持つ魔剣と、それに貫かれ続ける独りの少年。  その光景は、人目にはただ剣に突かれて少年が1人死んでいるだけだ。  しかし、それでは終わってくれない。この魔剣は、終わらせてくれない。   夢の中にしか存在しないこの剣は、夢から夢へと渡り歩き、ただひたすらに生きとし生けるものの生命を断ち切り、喰らい続ける。  元々は世界の夜に蔓延ったナイトメア、悪夢に対抗するために呼び出されたこの剣だが、なんとも皮肉な話だ。これこそを悪夢と呼ばず、なにを悪夢と呼ぼうか。  そしてそれを、死なない少年はただひとりで封印している。  大人たちが一切手を出せず、その手に持て余していた兇刃を。打ち鳴らす剣戟でも、撃ち貫く弾雨でも止めることさえ叶わないそれを。  ……いや、そもそも封印と呼べるほど都合のいいものではないだろう。殺し続ける剣に殺され続けているだけだ。それは暴飲暴食の狂人に、食料を捧げているだけのことでしかなく、根本的な解決に到るものではない。  衣摺の音も、苦悶の声もない無音の世界で、剣が僅かにその刀身を動かし、少年の身を抉る。溢れ出る鮮血が赤い珠となって宙を舞い、弾けて黒い自我の世界へ溶けていった。  一瞬遅れて、雷にでも打たれたような鋭く、尾を引くような鈍い激痛が身体中を駆け抜け、脳を焦がす。  これで何度目だろうか。  その疑問に意味はない。この身を裂く苦痛に終わりはないのだ。  幾度とない激痛の駆け抜けた痛覚神経は赤銅のように橙色に焼け爛れ、苦悶を漏らしていた喉は既に枯れ果て、ズタズタに引き裂かれている。  幾千、幾万を超える死の痛み。死にたくとも死ねないという苦行。これを年端も行かない少年が行っていた。  もはやその意識はほとんどがこの漆黒に囚われ、終わりのないまどろみの中で少年は想う。いっそ死なせてくれ、と。ツリ目を薄く開き、紅玉よりも深い紅を宿した瞳を不敵に揺らしながら、歳不相応な自嘲の笑みを浮かべる自分の姿と共に。  そう、これはもはや呪いだ。  父と母の想いという、怨みようのない暖かな呪い。  深い闇のさらに奥、深遠よりも深く冷たいイドの海で、殺戮を続ける魔剣を相手に孤独な闘いを続ける少年は祈る。  自分はこのまま目覚めなくても構わない。死に続けろというのなら、死に続けてやろう。  その上で望むことはただひとつ。世界の全てに届けて欲しい。この痛みを。死という恐怖を。  そして願わくば  あの暴走する世界が、今日も平和でありますように。 /*/