/*/  青い光が空に上る。  溶けるように粒子が消えるそこは、青いキャンバスに少量の雲が流れているだけの、晴れというに相違ない空だった。  雲間から燦々と陽光が照らしている。しかし、その割に空気は肌寒い。当然だ、冬という季節は元来そういうものである。  シーズ・スターは闇夜にも輝く黄色のジャンパーを羽織りなおしてその空を見上げていた。 「ふあ……」  頓狂な声とともに漏れた欠伸を手で覆う。彼これもう3日以上は寝ていない。3日以上といっても、3日目から面倒になって数えていないだけなのだが。  とにかく、今回の呼び出しで少しは骨を休められたが、それも精神的なものだ。肉体的なものまでは回復してはくれない。そろそろ限界が来るかもしれないな、と彼は首を回してボキボキという音を周囲に鳴らした。  その音に、普段ならば逃げていくであろうネコリスや小鳥の姿はない。  当然か。リンクゲートをはさんで向こう側は戦場である以上、敏感な小鳥のような生き物は森から遠ざかるように逃げていく。ネコリスに至っては、宇宙進出などを決めたうえに機械大国である無名騎士との繋がりも深いこの国には、もうほとんど数も残っていないことだろう。彼らは変化を嫌い、自然というものをこよなく愛していた。 「俺は、ひどい人間だな」  ボヤキながら、シーズは草木の生える大地を歩く。あの子供のように無邪気な女性に対し、自分はただ一方的な癒しを求めている。それ以上のものを求めずに、だ。  もっとも、相手側が近づいてこないというのもあるのだが。  思いながら歩くシーズのすぐ隣を、冷たい風が吹き抜けていった。舞い上げられた枯れ葉が宙を踊り、また地面へ落ちる。  静かだ。  まるで嵐の前の静けさのように。  まるで嵐の過ぎ去た後のように。  シーズは戦場と化し、廃墟へとその姿を変えた町並みを思い浮かべながら、独り瞳を閉じて黙祷を捧げる。方向は定かではなく、知り合いがいたわけでもないが、そうせずにはいられなかった。  もう少し自分が早ければ。上手くできていれば。もっと多くの人間を救えたかもしれない。いや、救えただろう。 「……おっと」  一拍ごとにどんどんと積み重なっていく自責の念に埋め尽くされたシーズの視界が、ふと歪んだ。  膝を突き、シーズは誰へという訳でもなく舌打ちを打ちながら、ずれた眼鏡の位置を直した。そろそろ流石に、身体が持たないかもしれない。  彼はそのまま、色素の薄れた緑の芝生の上に身を投げ、腕を枕にして仰向けに寝そべる。  そこから先は一本道だ。  まるでがけから落ちるように、シーズの意識は深みへと落ちていく。そこに吹いた一陣の風と、ともに運ばれてきた一寸前の言葉が彼を眠りから無理やりに引き戻した。 『ほんっとうにほんとうに、藩国の草の上で野宿を楽しく出来るのは、それはそれは、世界が平和になってからだね』  心の中で、彼女の言葉が反復する。  そうだな。こんなところで寝そべるにはまだ早い。シーズは苦笑しながら立ち上がると、眠気の消え失せた頬を両側から叩いて脳を覚醒させる。 「……さて、いつでも野宿できるように草むしりを始めるとするか」  黄色いジャンパーの袖をまくると、シーズは沈んでいく夕日へと向き直る。  やがて、夜が来るだろう。シーズ・スターは、その名のとおり夜に存在する人間だ。絶望という闇が広がれば広がるほど、極光の輝きを放つ。  しかし、どんなに長い夜だとしても、明けない夜など存在しないことを彼は知っている。  今宵、ひとつの星は夜明けを告げる太陽へと歩み始めた。 /*/