/*/  悲しそうな顔をした空を、慰めるように風が流れていく。ざわめく木々もまた寂しく、いつも運んでいる心地よさなどは存在しない。そこにあるのは言い表しようのない不安を募らせる不協和音にも似た、悲しいざわめきだった。  ヴィクトリーは山頂に降り立つと、光の環からゆっくりと踏み出し、その空を見上げて言い表しようのない歯がゆさを噛み締めた。  雲ひとつない空模様は最悪だ。まるで今にも泣き出しそうな顔をしている。一番嫌いな、だけど一番見ることが多い表情だ。 「MAKI。行動開始後10秒でハイドモードへ以降。以降後は一時上空へ退避。  そうだなあ……3600秒後にもう一度この場所へ。じゃあ、行動開始」  ヴィクトリーの言葉に返事は無い。返事は無いが、それに答えるようにして彼のでてきた光の環が閉じ、上から圧迫するような何かの気配が、静かにどこかへ消え去った。  人気がなく、ただゆっくりと揺れる木々以外は何もなく、遮るものの何もない日差しだけがただ強い山頂に、ヴィクトリーはひとりで取り残される。中途半端に枝先に残った緑のヴェールの向こうには、彼の立つこことは真逆、人々の生活の声が溢れているであろう、鋼鉄の森が見えた。  しかし、そこに生活こそあれど、笑顔というものはきっと少ないだろう。この人気のない山頂を見ればわかる。ついこの間行われた戦争での敗戦もあるだろうが、世界の発達は人から心の余裕を奪っていく。  その結果がこれだろう。ヴィクトリーはその景色に背を向け、指定された待ち合わせ場所である山の麓へと歩き出し始めた。  山道にまで設置されたテレビモニタが、調印式の放映という名目で敗者と勝者へ祝福を繰り返している。  負けたのはこの国だ。その事実を出来る限り柔らかく国民へ伝えているのだろうが、それがどう出ることだろうか。最低限、何人もの笑顔は失われることだろう。  だから、戦いは嫌いだ。  ヴィクトリーはずれ落ちてきたリュックを背負い直し、モニタから顔を背けて山を下る。下った後は、指定の待ち合わせ場所まで余裕を持って歩いた。  歩くたび、懐に入った使いたくもないものがズシリと、その存在を主張する。歩きながら、導かれるようにそれ、時代錯誤とも取れる自動拳銃を懐から取り出した。  陽光が凶暴性を秘めたシャープなフォルムを輝かせる。装弾数は12発。光線銃と比べれば確実に劣るが、信頼性と威圧的意味を考えればまだまだ現役だ。  銃をスライドさせて弾丸を発射位置へ運び、マガジンを一度取り出し、弾が敷き詰められた別のものを新たに差し込む。これで装弾数は1発増えて13発。 「まあ、使わないことに越したことはないんだけど……」  安全装置をかけ、西部劇よろしく指先で回転させながら、拳銃を懐へとしまう。  この胸にかかる鈍い重みが、ヴィクトリー自身が背負っているものの重みのように思えた。世界中で泣いている老若男女の叫び。そして、”あの”少女の涙。 「……使わせないでくれるような相手だけなら、ああはならなかった」  歯噛みしながらヴィクトリーは、何も知らない、あどけない笑顔を見せた少女の姿を思い出す。  野花のように無垢で、可憐で、華やかな姿を。しかし、それでいてどこか、ガラス細工のように儚く、触れれば割れてしまいそうな危うさをもった姿を。  その原因を作った男の名は、死んでも忘れることはないだろう。百回殺し、百回生き返らせ、百回殺しなおしてなお足りない相手だ。殺したところで到底忘れることは出来ない。  しかし、殺したところで待っているのは憎い男と同じ、人殺しという名の汚名だ。そんなものを彼女は望まない。それがヴィクトリーの中に渦巻いている蟠りのひとつだった。  他にも当然ある。だが、根底にあるのはあの少女と、彼女を一度殺した男だ。おかげさまで第七世界人を気嫌う理由が出来て清々しているのだが。  そして、今回ヴィクトリーを呼んだのは、あの男と同じ、その第七世界人だ。  第七世界人に常識はない。そんな相手の呼びかけに彼が応じた理由はただひとつ。 「誰かを泣かせるようなヤツだったら、ここで殺す。今度こそ、泣かなくていい人を泣かせはしない」  これだけだ。  山の麓からだいぶ歩き、そろそろ待ち合わせの場所にたどり着くというころにヴィクトリーは、自分へ戒めるように呟く。  目の前の空間に光が静かに集まり、人の形を成していく。  これが敵か、それとも仲間になりうる存在か。それを見極めるのが彼の仕事だ。 /*/