/*/  夕闇を受けて妖しく佇む摩天楼の間を、タイヤのない車がまるで川のように流れていく。  急激な発展を遂げ、コンクリートジャングルと化した共和国最大の都を千葉昇は見上げながら歩いていた。  隣には並んで、彼が心を開いた女性、川原雅が歩いている。  その歩調は示し合わせたわけでもなく、2人、昔からの約束であったようにぴったりと合っていた。  昇が右脚を出せば、川原が右脚を。左脚を出せば左脚を。頭上を忙しなく流れていく車とは対照的に、揺れる水面のように静かに2人は歩いていた。  歩きながら、昇は頭の中で言葉を復唱する 「ちょっとぐらい手助けはできると思う」  伝説の中に出てくるような人間になりたいという、バカな夢を持った自分に隣の彼女がかけた言葉だ。  いいのだろうか? 自分がその手を取ってしまっても。  共に同じ道を歩んだとして、彼女を不幸にしない自信が自分にはあるか?  彼女に自分が甘えてしまってもいいのか?  ――迷っていても始まりはしない。  不意に昇は立ち止まる。  一歩前に出たところで気づいた川原が、空を駆ける車が巻き起こした冷たい風が揺らす髪を押えながら振り返った。 「……僕は冷たいが」  夕日を背にし、昇の瞳を覗き込むような川原に向かって、彼は片手を差し出した。  それでも、という続きの言葉を紡ぐよりも前に、その手を川原が握った。 「使えないと思ったらいつでも置いてって。  でもきっと探して追いつくよ」  口元に笑顔を浮かべながらの川原の言葉に、昇は思わず仮面のような表情を崩して笑顔を浮かべた。  ずれた眼鏡の位置を中指で直しながら、一瞬だけ制止する。そして、少し迷った後にそのまま眼鏡を外した。  美しい赤いキャンバスに描かれた彼女の笑顔を、レンズ越しではなく、直接この目に焼き付けておきたかったからだ。 「貴方が恥ずかしくないようにする」  眼鏡を掌の上で器用に踊らせながら、昇は想いと覚悟を言の葉に乗せて誓いを立てる。  自然な笑顔のままに頷いてみせる川原を見て、本当にこれでよかったのかと思う。  いいはずはない。いいはずはないが、間違った選択肢だとは思わない。  昇は考えた後、考えないように眼を瞑って思考を切断し、眼鏡をかけなおしてから彼女の隣を再び歩き出した。 「すっごいわくわくしてきた。……ふふっ」  上目遣いで微笑みかける、まだ放していなかった彼女の手から柔らかい熱と鼓動を感じ、昇は眼前の空を見上げた。  その先には、夕暮れを受けた摩天楼が黄金色の輝きの中に浮かび上がる、巨大な城の姿があった。  昇は足を止め、城に向かって真っ直ぐに拳を突き上げる。突き上げると、人差し指で作った銃口の照準を合わせ、 「いずれは、あそこに」  引金を引いた。 /*/