[デート/散歩]  空中を丸く切り出して花壇を作ったような空中庭園に、一組の男女が居た。  足下を見て、雲の上に草木の生えている光景にうわーっと声を上げているのがゆり花。その隣で微笑しているのが千葉である。 「あっ」  足下を飛んでいく鳥がいた。目を丸くするゆり花。握った手を、ちょいちょいと慎重に引っ張った。千葉は彼女の横顔から足下に視線を移し、鳥が草木の影に消えていくのを見た。 「良く見つけたね」  えらいえらいと、頭を撫でる。  顔を赤くするゆり花。元々少し赤くなりがちの顔が、熱にうかされたように色を濃くした。 「やっぱり無理しちゃいけないね」 「?」  ちょっと休もうか、と軽く腕を引く。ゆり花は抵抗されることもなく、とことことついていった。 「もう少し散歩したいです」  きっかけはこの一言だった。  千葉としては、時々足が雲の上を掻くような歩き方をするゆり花が多少心配だったが、その本人が既に立ってちょいちょいと手を引いていたので、まあいいかと考え直した。適当な頃合いで休ませよう。無理を言うなら、少しお説教だ。  で、適当な頃を見計らってまた休ませることにした。体が弱いのかなあと、薬探しの旅に出るかどうか二秒ほど真剣に考える。……なんでだろう。猫の薬を探しにレムーリアに旅立ちすさまじい戦いを、とかいうお話が脳裏に浮かんだ。変な想像だなと、小首を傾げる。 「どうしたんですか、兄さん」  ベンチに座っているゆり花が小首を傾げている。千葉は微笑んで頭を撫でる。くたぁっと熱にやられたみたいにこちらに寄りかかってきた。  髪の毛を指に絡ませてちょっと遊んでみる。……ゆり花の顔がどんどん赤くなっていた。  しかしこれじゃあ、兄妹と言うより恋人みたいだなあ。  ふと冷静になる千葉。ところで兄妹と恋人の境目はどこだろう。……どこでもいっか。大切にする事に変わりない。 「よしよし」  頭をなで回し終えて、千葉は手を離した。ゆり花はこちらに寄せていた頭を離して、にこにこ笑っている。 「無理をしちゃ、駄目だよ」  最後に一度だけ、ぽん、と頭を優しく叩いてみる。 「はいっ。でも兄さんもですよー」 「そうだね」  にこにこ笑っているゆり花に笑顔を返す。  ふと、深い光が目の端に入った。 「わあっ」  ゆり花が目を丸くする。見れば、クリスタルの空中庭園が、夕暮れで赤く染まっていた。深く長く延びた影の下で、草木に濡れた風がゆるゆると流れている。  まぶしい位の世界に眼を細める。  風と息遣いしか響かない世界を、束の間、満喫する。  ……やがて、隣の気配が溶けるように消えていった。 「……さて、行くか」  千葉はしばらくの間ベンチに座っていたが、やがて一つ頷くと、席を立った。  次はいつか。散歩になるのかデートになるのか。今日はどっちだったのか。  次も兄妹なのか。  少しだけ考えて、微笑みを浮かべる。  千葉はのんびりと歩き出す。  まあとりあえずは宿題を一つ。  いるかいらないかはともかくとして、準備は万端に。 「お見合いの写真と……」  それから、熱を出していたようだから。  無理をしちゃ駄目と言っても、無理をしちゃいそうな娘だし。 「デートチケットでも、送ろうか」