[幾ばくかの晴れ空の下]  空は主に灰色だ。けれどそれは薄く広げた絹のようで、ところどころが幽かにぼやける。  天にこぼれた水たまりがあるのなら、それはきっと、こんな風に見えるのだろう。  長椅子に腰掛けたまま、空を望む二人の女性の姿がある。遠目から見れば、どちらも人形のように見えたかもしれない。もっとも片方は、日本風の風景よりも洋風のそれに馴染む様子だったかもしれないが。  少し近づいてみれば、二人とも少し濡れていることに気付けたかもしれない。ちょうど児童養護施設からの帰り道、下り坂の途中で通り雨に降られたのだった。 「もうそろそろ上がりそうですねえ」  そう言ったのは、店の奥から外を見る白い髪のおばあさんだった。腰をほとんど地面と並行になるくらいに曲げたおばあさんが、お盆を両手にやってくる。一歩一歩を大切にするゆっくりとした足音は、雨音に紛れて心地良く響いた。  二人の座る長椅子の横で立ち止まると、どうぞ、と緑茶と御手洗団子が渡された。 「わあ。ありがとうございます」 「ありがとう」  片方は弾む声で、片方はふわりと包むような声。おばあさんはよっこいせと言いながら、ゆっくりと店の奥に戻っていく。 「虹が見えそうですねー」  言って、団子を口に含む和風の女性。洋風の女性は慣れた様子でお茶を口に含んだ。 「そうですね。そういえばこの間、……あ」  洋風の女性が口を開きかけて、しまったという顔をした。しかしそれも一瞬、微笑を取り戻す。 「?」 「いえ。そういえば前に、虹を渡っているところを見ましたね」 「あ。姫様ですねー」  にこっと笑って頷く。 「そういえば。姫様はいつ結婚するんでしょうねえ」 「うーん」  あの人ならなんと言うだろう、と考える洋風の女性。  まず、相手がいないとね、と聞きようによってはぶっきらぼうにも思える口調で言ったあと……。どうするだろう。いつかするかもしれませんね、とまとめるか、しませんよ、とあっさり言うか。  それ以前の話として、貴族の結婚は多分に政治的な話で、というところまで考えた後、意識を二つにわけた。  片方で思考を継続しながら、もう片方で、和風の女性の方の事を考える。  彼女はとある男性を追いかけている。 「ところでさっき何を言いかけたんですか?」  沈黙の隙を突く問いかけ。洋風の女性は少し考えた後、気にしすぎだったかしらと考えて笑った。 「ええ。この間、狐の嫁入りという話を聞いたんです」 「あ。私も聞いた事があります。お天気雨の時に、でしたっけ」 「はい。正直前は、雨の降る日は苦手だったんですけど。そういう話もあると聞くと、暖かい気分になってきますね」  さて。彼女は恋人にどういう話を聞いたんだろう。考える和風の女性だったが、そうですね、と笑って頷く。  狐の嫁入りについては他にも幾つかの説がある。地域によってそれはまちまちで、虹が出た日という事もあれば、霰の降る日とも。  そこにいたる道のりは、どれをとっても難儀な天気に思えてくる。  まあ。けれど。それならそれで。  二人は、青空の滲む空を見る。  光の球がこぼれるように淡い粒。梳るような緩やかな音と、少し重たくて、冷えた服。  良いと思えることも悪いと思えることも入り交じった空の下で、 「あら。もう上がったかしら」 「もう少しですね−。そうしたらいきましょう」 「ええ」  幾ばくかの青空を眺めつつ、次の一歩を焦がれて待つ。