[T17の私] 「…………」  ナニワアームズ商藩国は摂政の執務室。その部屋は書類の牢獄である。  しばらく前までは公営住宅建設に関する資料が占領していたテーブルは、今ではすっかり衣替えし、重力発生装置に関する資料で降り積もること雪のごとく、白い部分を床にまで広げていた。  これ、他国ではどう処理してるんだろうと、紙山の窪地に幽閉される守上は思った。その目は、白い。ていうか白目むいていた。口からは煙を吐きそうだった。ムンクと言っても差し支えない。  守上は思う。最近の問題量はひどい。いやアイドレスでひどく無かった時期なんてないけどでもひどい。このままだと頭がパンクしてそこから花片がひらひらと出て行くかもしれない。  そうなる前に、 「どんな奇襲に遭えばこうなるのか、ってぐらいにひどい有様だな」  びくんと体を跳ねさせる守上。ばくばく言う胸を手で押さえつけつつ、じろりと隣を見上げた。 「……暮里。いつの間に」 「三分前だな」暮里は人差し指を向けてくる。「ぼさぼさだぞ」 「うぇあ」  ぱっと頭に手を延ばす。「うわー。ほんとだ」確かにぐちゃぐちゃだった。  ちなみに、意識不明だった守上の頬をつついたり髪をいじったり遊んでいたのは暮里である。犯人を前にしつつ、そんなに自分頭を振り乱してたっけと考え込む守上。 「にしても凄い量な、これ」暮里は手近な書類を一枚取った。「全部鶴にしたら国民全員に一つずつ配れるんじゃないか?」 「いや流石にそんなにはないから」というか鶴にしちゃ駄目だから! 内心で叫びつつ落ち着いているふりをする。「もう何がなにやら」 「こっちは何だ。……T16と私?」 「ぎゃー」  神速で奪い取った。いや、まだアイデアがなくて白紙状態なんだけど。白紙状態のはず。見直してみた。うん白紙だった。 「なんだ、それ」 「いやちょっと」  目を左右に走らせながらどう誤魔化そうか頭をねじる。しかしひねって出てくるのは背中の冷や汗ばっかりだ。じわじわとシャツが肌にくっついてくる。ぐぁー。  いやまてよ。ふと、守上は面を上げた。  そこには暮里。どうしたんだ、という顔。  ……これだっ。  守上は素早く考えをまとめると、ちょっと待っててと、秘書に通じるベルをテーブルから発掘。殴るように叩きのめした。 /*/ 「はーい、二人とも近づき過ぎですよー」 「いや気にしないできにしないで」 「ああ。むしろもっとだな」  やめんかっ。内心で叫ぶ女カメラマンだが、まあ気にすまいと心の中で三階唱えて、これは仕事だと己を納得させる。本来納得というのは無理矢理押しつけるものではないのでそうしていること自体納得の反対にあたるのだが、などと哲学的なことを考える前に彼女は撮影に没入した。  緊急で下町から呼び出されたカメラマンは、これでもかと書類が山積みにされたこの摂政の部屋に呼び出された。  役人に呼び出されて、何それ−! と心で悲鳴を、背中から冷や汗を噴きだしていたのはもう五分は前の事だ。  実際やってきてみれば、拍子抜けするほど個人的な事情だったらしい。記念撮影の依頼をと役人に呼び出された時はもう首をくくるしかと思ったものだが、蓋を開いてみればあら不思議、何この男達。  仲良すぎない?  守上はさっきから暮里の胸の下あたりに腕を回して、顔を見上げようとしている。一方で暮里は守上の頭に右手をかぶせて、抱き寄せていたり。でもその手のせいで見上げられないのよねえと思い、ええいじれったい。握り拳がスイッチをねじり込む。かしゃ。「あ」撮っちゃった。  まあ良いまあ良い。私は厚顔で無知なのだ。だから気にしないで「そろそろ取りますよー」となんて事無い風に仕切ってみる。  守上は抱きつくところを決めたらしい。そして暮里は漢の包容力で受け入れている。むしろ抱き寄せている。  うーんやっぱこの人達って。  そんな事を思いながら、シャッターをかしゃり。 /*/  そして数日後。書類の山の奥地に幽閉されている封印の摂政、守上藤丸は、にやにやしながら二枚の写真を見ていた。  両目が、至福だー、と力強く訴えている。  その写真は、この間撮影してもらったものだ。いや本人としてもその日中に撮影するつもりではなく、「今度一緒に写真撮ろう」と言つもりだったのだが、気を利かせた秘書が「いや今度とかいつになるかわかりませんから」という一言と共に即日カメラマンを召喚してくれたのだ。  もっとも、秘書の真意は「今後もっと仕事来るから撮影なんてしてる暇ありません」だったのだが、そのあたりは暮里が風来坊だと言うことを気にしての粋な計らいだと守上は思っている。思い込んでいる。  というかもうどうでも良かった。幸せだった。書類は増えていくけど。ついでに言えばそもそも二枚頼んだ覚えは無いんだけど。でもいやーどっちも捨てがたい。捨てるわけがない。 「どっち使おうかなー」  にやにや笑いながら見ているうち、もうやってられんがなと書類の山の一角が崩れ落ちた。ぎゃーと、慌てて手を延ばすが、崩れた後に伸ばしても遅い。……まあいっか。明日にはきっとまた山になってるはず。繊維産業とか、空間振動弾とか、なんか怪しい話を食堂で聞いたし。  何かがものすごく間違ってる気がする。 「いやそろそろ現実に戻ってこよう」  このままだと本気で幽閉されかねない。守上は席を立って、床にこぼれた書類を手に取る。  そして気付いた。  他のものと変わらないA4用紙。そこに、粉っぽくて黒い文字が短く綴られていることに。 「…………、大変だったら呼べ。かあ」  守上は三回読み返した後、小さく息を吸った。  よしっ、と全身に力を込めて、それから椅子に戻っていく。 「さあ。今日こそこの山をやっつけるぞ!」  ぐい、と両手を天に突き上げて、宣戦布告を口にする。  始める前からぐだぐだしているわけにはいかない。  心機一転。まずは一つ、大変だと言えるくらいまでがんばってみよう。