[息抜きの夜]  この頃、レンジャー連邦は復興の途中である。共和国動乱とも、ムラマサの暴動とも言われる事件が終結してからしばらく立つ。未だ国内外の人の出入りは多く、国はやや、ざわついた雰囲気が漂っている。  だがしばらく前まで漂っていた、荒廃という空気は消えているように思える。金属の足場に乗って建物を修理する人々は、力強い声を交わしている。トラックが次々に行き交って建材を運んでいる。  土埃が、昼の乾いた風に飛ばされ、汗の匂いがした。  動乱が終わった直後の、誰もが地べたに座り、あるいは光を宿さない瞳で歩き回る様は見受けられない。今は道行く者の大勢が、面を上げていた。立ち直り、前を向いている様に、カールは内心でほっとする。 「なにしてんすか?」  同僚の青年が隣で言った。自分よりずいぶん小柄の少年は、先ほど屋台で売っていたドーナツをかじっている。見ると、やらねえっすよと袋を抱えて隠した後、少しして、一つだけっすよと何も言ってないのに一つ尽きだしてきた。 「ああ。ありがとう」 「律儀っすねえ」  青年は、ドーナツを受け取るカールに呆れたように言った。カールはそうか? と思いつつ、歩を進める。土を削る足音が、ざっざっと小気味よく響いた。 「んで、なにしてたんすか?」 「いや」カールは少し考える。何をしていたか、と言えるほど考えていたわけではない。ただなんとなく周りを見ていただけだ。「ずいぶん復興が進んできた、と思っていた」 「ははぁ。確かに」青年はきょろきょろと辺りを見回す。「にしても、真面目っすねえ」 「そうか」真面目、と言われて微妙に眉を顰めるカール。 「そうっす。堅苦しいってわけじゃないけど、たまには肩の力抜いてもいいんじゃないすか?」 「そうだな……。肩の力か」  別段肩肘張っているつもりは無いのだが。  考え込むカール。青年は無言でもぐもぐとドーナツをほおばっている。……こう言うのを肩肘張らないというのだろうか。 「君は堅苦しいのは苦手か?」 「いえ? 尊敬してますけど」ほら、俺って軽いって言われてますからーと笑う青年。 「そうか。ありがとう」 「いえいえ」  周りから見ていると「何かおかしくないか?」という気がしないでもない会話だが、本人は気付かない。 /*/  その夜。  猫たちはがお気に入りのカーテンの下でふにゃふにゃとどっちが上になるか競い合っている。しばらくして落ち着けば、最近お気に入りの寝床、藤の籠にクッションを詰めたものに収まるだろう。  あそこに収まる二匹の猫を見る度に、体というのは思ったよりも柔らかいのだなと感心してしまうカールである。  少々肌寒くなってきたので、家の中に戻ってきた。カールがシートを片付けている間にむつきは酒とつまみを片付け終えて、今はソファにぐてーっと倒れていた。肩の力を抜くというのはこういうことを言うのだろう。猫のようだ、とカールは思った。  いや、酒に弱いので倒れているだけなのだが。 「かーるー」  微妙に舌足らずになっていた。近づいて行くと、ちょんちょんと服の端を引っ張ってくる。  磁石にひかれるように、側によるカール。 「ねえねえ」 「どうした?」 「えっと」しばし、目を彷徨わせるむつき。それからぴかーんと、何かを思いついた余風に眼を丸くした。「マッサージしてー」 「わかった」  カール、少し驚いた顔。めずらしい事を言われた。 「自信はないが、やってみよう」 「うふふー」  ぱたぱたと足を揺らすむつき。相当機嫌がいいらしい。カールはしかし、さてまずは肩からだなと、がっしりとした手の平を添える。ぐいっ。 「ぎにゃあ」もだえるむつき。 「強すぎたか?」 「丁度いいー」 「そうか」  では、ともう一度。い゛にゃあと今度はもう少し変わった鳴き声が聞こえた。  次は背中を。ぐい。びきっ。びき?  悶絶するむつき。肩が震えている。なかなか難しい。  次は腰を。ぐいっ。ごきっ。  むつきがとけた。カールは苦笑しながら背中からどいて、ソファの下におりて胡坐をかいた。 「きもちよかったー」  ぐにゃぐにゃとだれたむつきがカールの首に腕を絡ませる。そのままずるずるとカールの顔に顔を寄せて、ぺたっと頬をくっつける。いつもより肩の力が抜けているのか、口調の固さが和らいでいた。 「明日はカールにしてあげる」 「ん……? ああ」  頭を抱き寄せられながら、カールは少し笑った。 「よろしく頼む」 「頼まれました」  にこーと笑うむつき。カールは苦笑した。肩の力を抜くのは大変だなと思ったのだった。