[びっくりかぼちゃ]  買い出しから戻ってくれば、家が平行四辺形になっていた。  NWは広く、大抵の無茶や不思議は(いろんな背景があった上で)許容されているものだが、それでもこのように日々形を変える家というのはあまりない。 「どんどん器用になっていきますね」  ややずれた感想をバルクはこぼす。平行四辺形になった家をしげしげと眺めるその顔は、いつもより力が抜けていて、どことなく驚いているようにも見える。ミーア以外から見るといつも通りの不機嫌そうな表情なのだが。  一方そのミーアは、珍しくぽかんとしている旦那の表情と先ほどの台詞で、内心うははである。 「これはみかんの仕事ですね」  平行四辺形という凝り性な形から類推するバルク。しかしあれだと部屋の端に向かっているうちに足下がどんどん沈んでいきますねと考えた。ホットケーキみたく天井が低くなりすぎた事もあったけれど、どっちが住み心地がいいだろうか。バルクは少し考え込んだ。  なにやら見当違いの方向に考えを進めていそうな旦那を後目に、ともあれ、帰宅する。  バルクとミーアはそろって買い物袋を手に家に前に立つ。と、右斜め横に傾いたドアがゆっくりと開いた。中からネルが出てきた。 「お帰りなさい」といいながら、ミーアの袋を持つ。「ちょっと待っててください。直してきますから」 「シーナちゃんは?」  ミーアが聞いて、直後に、ひぁーと風船のように力の抜けそうな声が聞こえてきて、事情を察した。遅れること数秒で、やめてーみかんー、と元凶の名前が到着する。  また耳をいじって遊んでいるのかしら。自分やりんごのようにとがっていない耳がおもしろいらしいのだ。  仲良きことは、以下略。なんとなく胸の内が暖かくなってきてぽわぽわしてくる。機嫌が良くなってくるのを感じて、ミーアは家の中に入った。 「もうすぐハロウィンなんですよ」 「「「「……?」」」」(←バルク、ネル、シーナ、りんご) 「(ごはんおいしー)」(←みかん)  だめだこりゃ。ミーアは素早く考えを改めた。NWと第七世界の生活風習の違いは、帝國と共和国よりもよほど遠い。  というか一名全然気にしてない子がいる。 「なんでしょうか、それは」  姿勢を正し、まっすぐにミーアを見るバルク。 「あはは。えーっと、私の世界でのお祭りです。仮装したり、お菓子を配ったり。子供がお化けのふりをして大人を脅かすんです。それで、大人は悪戯されたくなかったらお菓子を挙げるんですね」 「なるほど。そういった儀式は覚えがあります」  バルクは頷いて、類似した例を幾つか話して見せた。なるほどー、と頷くネルとシーナ。一方、食事の手を止めてじっと母親を見つめているみかん。りんごは、あ、楽しそうな予感、と頬が震えた。早くも笑いが抑えられなくなっていた。  というわけで、翌日。  当日盛大ないたずらにするべく準備開始である。  夜、家から出たのは子供四人組。みかん、りんご、ネル、シーナである。前から順に戦士、魔法使い、ゲリラ兼歩兵兼精霊使いである。なんとも攻撃に偏りすぎた女の子四人組だった。 「あの……大丈夫かな?」 「多分」  心配そうなシーナに、うなずくりんご。 「本当にまずかったらおとーさんが止めると思うし」  りんごはちらと頭上を見る。今日は明るい青空。上空には黒いからすのつがい。 「そっか」 「みかんはぜったいそこまで考えてないけど」 「「あー」」ネル・シーナ、遠い目。  家から離れて少し行ったところはひたすら広い森と草地が広がっている。危ないからあまり奧には行かないように言われてた。が、奧まで行かなくても、この辺りは野生の木の実や野菜がそこら中にでていて、小腹が空いたからむしって食べたりするのには都合がいい。幸いにして子供達は、様々な植物に関する知識をバルクから教わっている。  いや実際は、前に木の実をぱくぱくたべていたみかんを心配して、バルクが教えたというだけなのだが。 「かぼちゃないかなあー」  そのみかんは、るんたったと調子の外れた鼻歌を歌いながら辺りを見回している。 「なんでかぼちゃなの?」りんごが聞く。 「ハロウィンって言ったらかぼちゃだって、知らないお兄さんが言ってた」 「……えっと、それって誰?」 「え? ときどき家の側でそわそわしてる人。せっしょーなんだって」 「せっしょーってなに?」 「さあ」シーナを見るみかん。 「え、えっと……」ネルに助けを求める。 「きっと名前だよ」シーナは無難に流した。  しばらく歩いて行くと、かぼちゃの群生地を見つけた。  というかすごかった。辺り一面でかいかぼちゃがごろんごろんしていた。そろそろとみかんが上の登っても大丈夫なくらいのやつである。 「みてみてー」  早くもボール乗り曲芸みたいにかぼちゃを転がして自由自在に歩き始めたみかんに、うわーとネルとシーナが驚いている。りんごはそろそろ転けるかなあと受け止め準備で周りをうろちょろ。 「わっ」案の定転んだみかん。 「はい」受け止めるりんご。 「ありがとー」ぎゅうぎゅう。  めちゃくちゃ仲良しである。ネルはごろんごろんと転がって行くかぼちゃを受け止めて、シーナと運んできた。 「どうしよっか、これ」 「うーん」みかんは腕組み。「どんなことしたらいいと思う?」 「私煮物好き……」ネルのつぶやき。 「スープ……」シーナは目をくるくるさせる。 「やっぱりかぼちゃで仮装するしかないよね」みかん、何も聞いてない。 「かぼちゃで仮装って何よ」つっこむりんご。 「うーん。…………よしっ! 決めた」  円陣を組む四人。ぼそぼそ。ひそひそ。わー。えー。うひぃ。声がどんどん大きくなっていく。  そして当日。  この日は食事を少なめにして、大量のお菓子を作っていた。秋を感じさせるりんごのパイ、みかんのタルト。カボチャのムースに、ケーキも用意して、ビスケットも昨日たくさん作った物がある。  バルクは森からとってきた木の実で大量のジャムを作っていた。同じように見えるジャムでも複数のビンにわけていて、それぞれ少し効能が違うらしい。 「今度街に行ったときに少し配ってきましょうか」 「いいですね。どんなのがあるんですか?」 「これは目が良くなりますね。こっちはよく眠れるようになります。これは冷え性に」 「いいですねー」 「少し食べてみますか?」  木のスプーンで少しすくうバルク。ミーアはぱくりと口に含んだ。適度な酸味が舌の上をちくちくしたあと、じわっと甘みが広がっていった。 「おいしいですねー」  さて、このときがきた。  やってきてしまった。  ついにきたのよ。  というか、 「みかんちゃん、いつもやるときはすごく真面目なんだけど、実は何も考えてないよね」 「でも一緒にやるでしょう?」 「もちろん」  二人とも大差ないと思う、という言葉はネルとシーナの胸の内に仕舞われた。 「じゃあ、」  みかんはみんなの顔をぐるりと見渡す。頷く三人。 「「「「はじめましょう」」」」  時は夜。天にかかった月が、夜空に青色を溶かし込んで淡く明るく輝かせている。  四人で一つの大きなかぼちゃを抱えて、えっさほいさと玄関にたどり着く。  ドアの前にセットアップ。すでに逃走準備の三人。蜜柑だけが残って、指を三本立てた。  二本  一本。  こんこんこんと、そこらの森で拾った長い枝でドアをノックした。  はーいと、わくわくを隠しきれない声でミーアが応じる。わーっと蜘蛛の子を散らすように逃げ出すみかんたち。  そして、ドアを開いたミーアの前には、一つの大きなかぼちゃがごてんと転がっていた。  きょとん、とするミーア。バルクがその後ろから外を覗き込んで、首を傾げた。  なんだろうと、ミーアはカボチャに近づいていって、手を延ばす。  そのときだった。 「うわ」 「おお」  ずむん、とかぼちゃが膨らんだ。一メートル、二メートル、もの凄い勢いで直径を増やしていくカボチャに後退るミーア。その間にもずんずんと左右に揺れながら膨らんでいくカボチャ。  ついには二人が見上げなくてはならなくなり、  爆発。 「うわっ!」  どかーんという音に続いてどしゃどしゃと何かが降り注いでくる。かぼちゃ? 割れたカボチャの破片? ミーアは頭をコツンとうった何かをキャッチ。  それは栗だった。  栗だけではない。辺りを見れば、いろんな木の実が宝石みたいに散らばっていた。 「驚いた? 驚いた? すっごいでしょう!」  わーっと子供達が飛び出して来る。ごめんなさいごめんなさいと謝るシーナとか、もの凄く自慢げなみかんとか、りんごとネルがみかんの頭を押さえつけて謝ったり。 「――――、っ」  ミーアはたまらず、爆笑した。腹を抱えて、ぱんぱんと手をたたく。 「すごいすごい。うははは」 「ずいぶんがんばりましたね」  バルクはバルクで別の意味で感心していた。悪戯はともかく、かぼちゃの中に詰め込んだこれだけの木の実を集めるのは骨だっただろう。バルクは、手に取った幾つかの木の実が、全て以前一度は子供達に教えた物である事に気付いて微笑んだ。  二人の様子にほっとしたのか、りんごやネル、シーナも段々笑顔になってきて、自慢話を始めてくる。みかんもえへへーと頭の後ろで手を組んで笑っている。 「さあさ」  そしてぱん、と手をたたくと、バルクは言った。 「みんなで拾い集めたら、家に入りましょう」 「今日はたくさんお菓子がありますからねー」 「「「「はーい」」」」  少し、正式な作法とは違うが。いかにも楽しげなハロウィンの風景だった。