[作り話]  ながいながい夜でした。  星も見えないほど深い森。  こすれあう草葉はが、おとぎ話を紡いでいる。  遠く、楽しげに、恋をささやく虫の音。  息をひそめて目をつむれば、  重なるように声がひびく。  ……なんて、楽しそうなんだろう。 /*/  おとうさんもおかあさんも寝息をたてて眠っている。お兄ちゃんのつばさのお布団はとてもあたたかかったけれど、外の声がとてもみりょくてきだったから、みんなの間で寝ていたわたしは、そこからそっと抜け出した。    テントがかさかさと音を立てて、わたしは辺りを見回した。  夜に慣れたわたしの目は、木々のりんかくをはっきりとうつしている。けれどそれ以上にせんめいなのが、わっと押し寄せてくる、緑のにおい。  空中庭園のキャンプ場は、すごく、森って感じがする。  わたしはもう一度目をつむった。あの楽しそうなミュージカルは、いったいどこにいったんだろう。  耳をすませば風が吹く。木々の枝葉が、こっちだよって、教えてくれた。 /*/  さくさくと足下から音がする。草の音はにぎやかで、早くおいでと言っていた。  声と心にせかされて、また一歩、また一歩と進んで行く。  さいしょはおっかなびっくり、そろそろと足を出していたけど、段々がまんできなくなってきて、気付けばこばしりになっていた。  早く行かないと、早く行かないと。  そんなに急がなくてもいいんだよって、草木や虫が心配そうに言っている。だけど、どきどきが止まらなくて、 「あっ」  音が消えた。足が地面を無くしてしまう。  ぐるんと景色が上下して、わたしはそのまま―――― 「――あれ?」  そのまま、空に浮かんでいた。  両手足をぶらんとさせたまま、首だけねじって背中を見る。するとそこには、爪にわたしをひっかけたお兄ちゃんの姿があった。 「いそいだら危ないんだぜ?」  ちょっと小首を傾げてる。わたしがこくこくすると、お兄ちゃんはおろしてくれた。 「どこに行くの?」 「あっち」 「ついて行ってもいい?」 「いっしょに行こう」  お兄ちゃんはきゅいとないた。 /*/  そして、森が途切れた。  木々はきれいに並んでいて、そこだけまあるい広場になっている。  星明りだけが白くきらきらとおちて、海みたい。  腰くらいある細長い草が、小声で何かささやいている。  ――――しずかに、時を待っている。  ふしぎだった。だってしんぞうは走っている時よりもドキドキして、手の平にはじんわりと汗がふきだしてくる。今はさっきよりもずっとずっと、すごくおちつかない。 「まだかな」  お兄ちゃんは、きょとんと首を傾げた。  するとふいに、ばさばさと大きな音がした。  びっくりして空を見たら、そこら中を鳥が飛んでいて、気付けば枝にいっぱいとまっていた。  そのすきま、木の穴から、ふくろうがちょこんと顔を突き出した。 「ほー」  それが始まりの合図なんだって、わたしはなんとなくわかっちゃって、  だから。みんなといっしょに、息をのんだ。  ――――しずかになる。  そして、空気を振るわせるようにきらきらと、虫たちがいっせいに鳴き始めた。  緑色の海、跳ねていく虫たちは、月明かりを浴びて水飛沫みたいにきらきらひかる。  はじまったのはミュージカル。草木も虫も動物も、いろんなみんながいっしょに歌う。 /*/  ながいながい夜でした。  星も見えないほど深い森。そのずっと奧の、小さなお祭り。  気付けばわたしは、テントの中で眠っていて。  あわてて起きて外に出たら、とっくの昔に朝日が昇っていた。  夢だったのかなって、首を傾げる。 「あれ、こよみー」  おかあさんがかけよってきた。ふしぎそうな顔。 「背中どうしたの? 少しやぶけてるね」 /*/ 「……どう?」  こよみは緊張した顔で、晋太郎の顔を見つめている。隣で、あゆみはわくわくという表情。  晋太郎は、その絵本をゆっくりと閉じて、笑った。 「とってもいいね。ありがとう」  こよみは笑った。すごい勢いで頷く。 「お誕生日、おめでとう」