[散歩道]  少し、雑踏を離れる。ゆるやかな波を描くように人の気配は離れていき、代わりに、左右を木々が隠すようになってくる。  街から外へ。ゆるやかな上り坂を二人が歩いて行く。片手を吊った男と、空いてる腕をそっと抱きついている女。  ロイは、笑顔。しかしその表情は、どことなく、いつもより楽しそう。 『では、夫婦で最初のデートでもしましょうか』  きっかけはそんな一言だった。勿論、言ったのはロイである。彼は、怜夜の方から誘ってくれたら嬉しいけれど、と思いつつも、今ではすっかりこうやって誘う立場を楽しんでいた。  自分もずいぶん慣れてきたではないか、と思う。以前ならばともかく、今なら当たり前のように、彼女が嫌がっているわけじゃない、というのが想像できる。もの凄く遠慮しがちなだけだ。  もう少し大胆になってくれても、と思わなくもないが、やっぱり、彼は彼で、彼女のそういう所も好いている。  なので、今日もこちらから切り出してみた。が、  ちら、とこちらに向けられる視線。怜夜の瞳が捉えているのは、吊っている右腕だ。やはり、ずいぶん気にしているようだ。腕一本でクーリンガン、そしてプラチナチケット。ロイからすれば、勝ち戦だし、今後の楽しみという意味でプラスの方が大きいというところだ。  まあそれに、心配されるのはまあ、悪い気がしない。絶対に口にはしないが。 「大丈夫ですよ」  ロイは微笑む。怜夜はそれでも少し心配そう。 「本当に?」  問いかける怜夜。ロイはそっと腕をほどき、手をを伸ばした。頬に触れる。そのまま滑らせて、つと、顎に手を。  こちらを向かせてみる。  顔を、近づけた。 「本当に」  怜夜の顔が、少し赤くなる。  こつん、と額をあてる。 「そちらこそ、熱が?」 「ち、違います」少し慌てた声で、怜夜。左右を見る。 「ここなら誰もいませんよ。隠れてもいません。保障します」 「え、そ、そうじゃなくてっ」  ロイはくすりと笑って、今度はこちらから唇を奪ってみた。かあっと赤くなる怜夜は、しかしすかさず、キスを返す。もの凄く目を逸らしている。頬をつつきたくなるロイだが、それを抑えて、左手を彼女の手に絡めた。怜夜はそっぽを向いたまま抱きついてくる。歩き出す。  数歩歩くと、またこちらを向いてきた。が、今度は腕ではなく、こちらの顔を見上げている。 「なんだか、散歩みたいですね」 「デートらしいところも幾つか知っていますが」ロイは少し笑う。「もう少し、こうしていた方が嬉しいな」 「な、なら。……もう少し散歩しますか」 「そうですね」  ロイはゆっくりと左の方に。更に街から遠ざかりつつ、大回りに進むルートへ。  散歩道はゆっくりと。風に運ばれてくる鳥の声と、葉の擦れ合う音に紛れて、二人の声と足音がどことなく楽しげに。良く聞けばそれは歌うようでもあり、もしも聞き耳を立てている人がいたら、本当にそう勘違いしていたかもしれない。  会話はどんどん飛んでいく。同居しようかという話から、いっそのこと家でも建てましょうかという提案があり、もしかしてまた無茶をしたりしないですよねと聞かれたら、突然あの鳥の名前は知っていますかなどとわざとらしく誤魔化したり。  のんびりとした散歩道。鼓動に混じるようなゆっくりとした歩調。  しかし楽しみにしていた時間は早く、散歩道は終わりを迎える。  やがて、人の話し声が聞こえてくる頃になって、二人は待ちに近づいている事に気がついた。  ふと立ち止まるロイ。歩きながら、ゆっくりと整理した言葉を口にする。 「楽しみにしていたかいがありました」 「そう……ですか?」  少し心配そうな怜夜。勿論、と頷くロイ。 「その、私も、あえて嬉しかったです」  怜夜はぎこちなく言った。ちょっと珍しい言葉。  ロイは笑みを隠さず、夫婦になりましたしね、と言う。 「次は、怪我を治して、新婚旅行といきましょうか。」 「まず、結婚式ですね」 「そうですね。二人きりで」  二人は見つめ合う。  キスまで二秒だった。