/*太郎の日々*/  最近時間さえあればパソコンやモバイルデバイスに向かっているのは、まだ数歳の子供である。しかしその子供のキーボードを叩く速度は速く、そして行っている内容はやばかった。 「――、くそっ!」  メールが届く。一通り直されたソースコードが表示され、一番最後に /**********************************/ Score:60/100 Comment:Close but no cigar. /**********************************/  かちんと来る太郎。目が据わる。 「何やってるんだ?」  帰ってきた爽一郎。太郎がパソコン前でむっと下唇を尽きだしているのを見て話しかけた。太郎はちらと爽一郎を見たあと、今度は勝つ、とつぶやいた。 「あー」  理解する爽一郎。最近太郎は時間さえあれば蒼龍にじゃれついているのだ。  少し考える。麗華はやたら心配していたが、別に問題というわけでもないだろう。いや、ウィルス送りつけるのは普通に考えれば問題だが、蒼龍が相手ならじゃれついている位にしかならないだろう。それよりは将来、戦場のど真ん中に出て行きにくそうだという方が重要だった。戦士系になればまず間違いなく麗華は反対するだろう。  まあ何かに「えー!」以外を返す麗華も珍しくはあるのだが。  だがまあ、何にせよ。 「まあガッデムとか言い出したら注意するか」  割ととんちんかんな事を言うと、爽一郎は小さく欠伸をした。少しして麗華が帰ってくる声。 「太郎元気−?」  そう言って部屋に入ってきた麗華の頭を少し笑いながらなでる。  不思議そうな顔をする麗華をじっと見つめた。麗華は少し慌てながら、短くキス。爽一郎も返す。  太郎はディスプレイの反射越しにそれを見て、うーん、と考え込んだ。 /*/  そういえば昨日お父さんとお母さんがああいうことしていたな、というのを、手をつないで歩いて行く幼稚園児の二人組を見て太郎は思い出した。  青空の下。乾いた土の上にぺたりと座っている。木々の作る影の下に入り込み、ゆっくりと吹く風が心地よかった。  モバイル機を立ち上げる。蒼龍に連絡。先ほどの二人のキスシーンをとった画像を蒼龍に送った。タイトルはWhat is this.  少しして返信。蒼龍は秘宝館から恋愛関係のSSとイラストを十本ずつ送ってきた。  太郎はなんとなくかちんと来た。 「ねー、何してるの?」  と、ふいに子供達が近づいてきた。太郎はいつも通り「やり返す」と言った。何かされたのだろうか、と顔を見合わせる園児達。 「手伝おうか?」  それがきっかけだった。太郎は凄い勢いで顔を上げた。  試行時間五秒。 「うん。お願い」  喜ぶ園児達。口々に何するんだろう、どうしよう、わぁ、と言い合っている。彼らは、入園三日、まだほとんど言葉の交わせていないこの変わり者の友達にお願いされたのが嬉しかったのである。 /*/  爆笑が響く。爽一郎は珍しくのけぞって大笑いしている。  珍しく早く家に帰ってくれば、太郎は開口一発、退学になったと告げた。 「なんで」  意味がわからんと思って問い返してみれば、事情はこうだ。  あのあと太郎はみんなを連れてネットカフェに移動、幼稚園児の大集団がパソコンを占有する事態となった。そこから先は太郎お手製アプリで一斉ハッキング、蒼龍への攻撃が始まったわけである。 「これがばれて、退学」  太郎は憮然としていた。退学したことに憮然としているわけではない。スコアが70点だったのが不満だったのである。たぶん、あの人数を使いこなしていればもっとやれた、と思う。そういう意味では協力してくれた子達にちょっと申し訳なかった。  爆笑する爽一郎。麗華はこれを知ったら呆然とするだろうが、これを笑わずにいられようか。 「大物だな」 「? 何それ」 「太郎はすごいなって事だ。で、どうする? 他の幼稚園に通うか?」  少し考える太郎。次のソースのアルゴリズムを考える。今度は倍の人数動員してやろうと思った。それで今度は勝つんだ。  ……少し、あのときを思い出す。スコアが帰ってきた時、みんな何これと興味津々だったが、腹を立てる太郎を見てちょっとひいていた。  うまくやれたなら、どんな反応になっただろう。 「行く」  答える太郎。そうか、と爽一郎が答えた後で、麗華が帰ってきた。  後日、麗華は話を聞いて、呆然とした後、半ば本気で越前藩国で情報戦の英才教育をすることを検討したらしい。  太郎の人生はまだ始まったばかりである。