/*シチュエーション*/  良くも悪くも、とはよく言ったもので、大抵の良いところは大抵の悪いところにもなり得る。  それをわけるのは、状況一つ。  自分の状況、相手の状況。  さて、では、今はどんな状況だろう。 /*/  カールは片手に薄い文庫本を持ち、キッチンに立っている。エプロンが小さくて布きれに見える。  彼の視線が注がれた先では、茶色い土鍋が白い湯気を吐いていた。だが、ちらりと冷蔵庫に貼り付けたタイマーを見れば、そいつは「もう少し待て」と言っている。  鼻を突く匂い。湯気に混じって醤油の香りが鼻孔を満たした。  換気扇が懸命に空気をかき出すその下で、カールはのんびりと時間を待っている。  むつきが、病気で倒れた。  現在は熱を出してベッドに倒れている。本人曰く、頭がぐらぐらする、との事だ。  これを聞き出すだけでも多少の時間が必要だった。彼女は問えば、大抵、大丈夫ーと口にする。しかしふらついた様子は傍目に見て大丈夫とは言えるわけもない状態だった。  先日も目を覚ましている間に少し話をしたが、ずいぶん弱っている風に見えるわりに、口調からはそういうことが感じられにくかった。  それが良く働く事もあるだろう。例えば忙しい職場などでは、そういった態度は救いになる。  だが、それが悪く働くこともある。例えば周りに心配されたりしている時は、逆効果になる。  さて、今はどちらだろう。 /*/  カールは料理ができたところで、むつきの様子を見に行った。むつきは目を覚ましていて、食事をするかと聞いたら、たべるーと返してきた。カールは台所に戻り、土鍋を持って戻ってきた。 「オートミール……ではなく、雑炊だ」 「わー。おかゆじゃなくて?」 「ああ。昨日、物足りなそうだったからな」  二人は笑う。カールは土鍋の蓋を開けた。  白い靄がふわりと膨らむ。湯気の向こうには白いご飯が浮かんでいて、みじん切りにされたにんじんや大根の葉、鶏肉の欠片が浮かんでいる。 「おー」  ぱちぱち、と手をたたくむつき。彼女はカールを見るとにこっと笑った。 「いただきます」 「口に合うと、いいのだが」 「大丈夫だよー。美味しそうだもん」  そう言われつつも、若干はらはらするカール。むつきが雑炊を掬う。息を吹きかけて覚ましている。  スプーンを口に含む。  しばらくして、喉が揺れた。 「うん、おいしい」  彼女はこちらを向いてそう言った。 「よかった。他に、何か食べたいものはあるか?」 「うーん。明日の話?」 「ああ」 「うーん。うーん。考えておくねー」 「なんでも言ってくれ」  答えながら、カールはほっとした。  明日は何を作ろうかと考え始める。 /*/  例えば、食事を作ると喜んでもらえるのではないか、とか。  笑うことで喜んでもらえるのではないか、とか。  それもまた、一つ、状況次第で。  何にせよ、今は二人とも、多少なりとも喜んでいるようだった。