/*少し、間*/  しばらく抱きつかれたままだった。  瑛吏がいるのは寮の自室である。しかし今日は部屋の中に南天が居る。その南天は、瑛吏が思っていたよりもずっと気を抜いた表情をしていた。  どちらかというと、自分と会う時はどことなく気を張っている様子のある人物である。今日は少し気を楽にしてもらえないかとあれこれ考えていたのだが、結構うまくいったらしい。  といっても、最初はノープランだった。散歩は前にしたから、今日は何をしようか。そう考えていたのだが、すると彼女の方から家に行きたいといってきたのだ。  家、と言われても独身寮の一部屋にすぎないし、そもそも室内が奇抜なことになっているというおもしろい状況なわけでもないので、さて、どうするべきかと考えたのは一瞬。  まあ、いいか、と思ってやってきた次第。  が、何も無いと思っていたのだが、意外と彼女は満足した様子である。白檀が意外と気に入られたようだ。これは少し予想外だったが、思ったよりも楽しそうだったので、勢いで今度夏の園にいこうと誘ってしまった。  まあそれも、喜んでくれているようなので。瑛吏としてはまんざらでもないというところだった。 /*/  それはそれとしてである。  うっかり部屋の中で抱き合ったりしているわけだが、そのまますでに十分ほど過ぎていたりする。  なんとなく気恥ずかしくなってくる。  瑛吏はだんだん冷静さを取り戻してきた。いや、冷静さを取り戻して慌て始めた。少し顔が赤くなってくる。ついでに抱きついている南天も微妙に顔が赤くなってきた。  どちらからも離れない。  くっついたまま。  ……うまく、切り出せない。  先に離れた方が負け、のような気もするが。  妙に恥ずかしくもあり。ずっとこうしていたくもあり。 「……」  あの、とか。ええと、というような言葉すら紡げない。  何かを口にしたら最後、きっと二人とも動き始めるだろう。  ……すり、と南天が体をすり寄せてくる。  瑛吏は南天の背中に手を回した。少し抱き寄せる。柔らかい背中の感触。  どうしたらいいだろう、と考えて、  どうしたいんだろう、と考える。  そこまで考えて、いやこのままでいいか、と思った時。  こんこん、とドアがノックされた。 /*/  二人は慌てて離れた後、瑛吏はドアに向かって行く。隣室の知り合いだった。今夜の飯どーする? というどうでもいい話題を適当に切り返し、送り返した。 「あー。そういえばそんな時間になっていましたね」  瑛吏は窓を見た。すっかり赤くなった景色。南天もそちらを見て、そうですね、といいながらそそくさと立ち上がった。 「じゃあ、今日はこれでお暇します」 「ああ、はい。いえ、送っていきましょうか」 「は、はい。嬉しいですっ」  ……。  そわそわする南天。彼女はあれこれ考えた後、瑛吏の手を握った。  瑛吏は少し笑って歩き出す。ゆっくり閉じていく扉の向こう側で、そうだ、食事に行きましょうか、という声が響いた。