/*十年越しの焼きそば*/  ――十年後。  と、思われているらしい。  レストランから出て行きつつ、日向はのんびりと考えた。青空の下、緩やかな風が適度に体をなでていき、心地よい体感気温を維持している。 「さて。どうするか、が問題だ」  日向はのんびりと言った。隣をついてきていた榊は、うーん、と首を傾げる。 「どうしましょう。お勧めのところはありますか?」 「食べたばっかりだしな……」  生憎と食事をするところくらいしか思いつかない。いや待てそれはどうなんだと日向は内心で考え込む。  しかし無い知識を総動員しても回答はエンプティに決まっている。  日向は諦めて、 「散歩でもするか?」  と言った。  榊ははい、と頷いてついて行く。  十年後。話を聞いてみたところ、彼女がここにいるのも時間犯罪の可能性濃厚、という流れだった。今回の場合は未来に飛ばされるという話である。ただし、誰がやったのかは不明。話の上ではオーマの知り合いの名前がいくつか出てきていたが、まずはそれらを追求するのが妥当ではないか、という流れ。  探偵向きの仕事は久しぶりだな、と日向は思った。それを思うと、十年の時間を経て、自分もずいぶん変わった気がする。  一番大事なのは、やきそばが懐かしくなったことだ。  ……昔、一生分食べたと思い、もうたくさんだと思っていたのだが、懐かしくもある。 「その話、前にも聞きましたね」  榊は笑いながら答える。そうだったか? と日向はとぼけた。そうだったかもしれないし、そうじゃなかったかもしれない。 「なんなら、作りましょうか?」 「お、いいね。じゃあ今夜は焼きそばだ」 「買い出しにでも行きましょうか」 「まだ早くないか?」 「……それもそうですね。うっかりしてました」  こくり。頷く榊と共に、適当に道を進んでいく。  うっかり国を一周する勢いで散歩してのけた後、二人は買い出しを済ませ、家に向かった。最初はうっかりインスタント物を買うところだったが、そして十年前と現在の銘柄の違いに榊が愕然としていたが、ぎりぎりのタイミングでそれを避け、野菜、肉、麺とそれぞれの材料を買って来ることに成功した。  ところで、気になることがある。 「なあ」 「なんですか?」  キッチンでざくざくと野菜を刻む榊に話しかける。 「支払いをする度に怪訝そうな顔をしてるような気がするんだが、なんでだ?」 「あ……えー、そんな顔してました?」 「別に気にしてないが。いや、気にはなるのか」 「えーとですね。えーと」  榊は目をくるくる回す。どう答えるべきか悩んでいるようだ。 「こー、こう言ってはなんですが」 「ああ」 「……羽振りのいい玄乃丈さんに、妙に違和感が」  …………。  納得した。 「確かに。十年前の基準だとそうなるな」 「す、すみません」 「いや。俺も、あのときの俺がおごったりしたらそりゃ変に思う」  魔女の家賃取りと日夜戦い続けた、いや戦いにならなかった日々は実に懐かしい。涙が出てきそうだ。 「焼きそばは生命線だった」  いろいろな思いを飲み込んで、日向はそれだけを口にした。それでも、長い年月共に過ごしてもうたくさんだと思ったやつ(=焼きそば)の事を思えば、その言葉には苦みが走る。  苦い経験を思い出す事を、噛めば砂の味がすると表現することがある。が、この場合、そんな格好いいフレーズにはならない。この味はどう考えても濃く張り付いたソースのそれだ。それもインスタント。  榊は妙に遠い目をしている日向を一瞥した後、何も言うまいと決めて焼きそばを作った。  久しぶりに食べた焼きそばは、実に、焼きそばだった。  そりゃそうだ。 「いや、うまかった。あのときこんな焼きそばが食えたらきっと泣いてただろうな」 「いえいえ。あ、余った分はパンと挟んで食べてください」 「ああ。焼きそばパンか。いいねえ」  今度調査のお供に持っていこう、と思う。  椅子の背もたれにのけぞるようにして腰掛けながら、日向は満足げに笑った。榊はにこにこ笑いながらお茶を出す。そんな彼女を見て、日向は軽く笑う。席を立った。 「さて。充分な代金ももらったし。これから早速調べに行くよ」 「え? もう夜ですよ?」 「そうだな。ま、どうにかなるさ」 「あ、あの。せかしてしまいました?」 「そういうわけじゃない。気にするな」  日向はのんびりいいながら歩き出す。焼きそばのおかげで、気分は完全に十年前に戻っていた。  早く歩き出したい。早く捜しに行きたい。進みたいという気持ちが強くなり、体をどんどん動かそうとする。  あるいは、若返る気分というのはこういう気持ちなのだろうか?  戸惑う榊を背中に、日向は久しぶりの調査業に戻っていく。