/*本編:其の船の名は */  宇宙への門は、ニューワールドでは二か所しかない。すなわちにゃんにゃん共和国のながみ藩国か、わんわん帝國のFVBかである。  二つの選択肢があがった時、タルクはなんとはなしに、FVBを選んだ。  FVB。それは帝國でもっとも、宇宙開発に余念がないところだ。支配する藩王をさくらつかさという。女藩王だ。  もとより建国の理念を宇宙への帰還としている。系統は東国人で、由来は雅に、花をさすと言う。  FVBを選んだ理由があるとすれば、それは、タルク自身、帝國の人間だったからという物に他ならない。そのときはまだ、それ以外の理由は特に、思いついていない。  だがそれでも。リンクゲートを越えてその地に足を踏み入れて、暖かな風にに迎えられた時には、ああ、これから行くんだなと、体が震えた。 「どこかのどかじゃな」  隣を転がってきたのは大きなBAALSである。黒いマジックでひげの描かれた球体。名をグランパという。タルクは小高い丘の上でうん、とのびをした。空を眺める。抜けるように青い空。そこから遠くにたなびく雲を追いかけて視線をおろしていけば、やがて、要項を反射させてきらきらと光る海が見え、そして海岸の手前に広大な宇宙港が灰色の敷地を広げているのを一望することができる。  ほう、とため息をつく。  二人は移動を始めた。道沿いに進んで行く。タルクが二本足を動かして進む横で、グランパは足を広げ、ローラを回転させながらきゅらきゅらと進んで行く。 「ここから、宇宙へ?」 「そうじゃ」  へぇ、と心の中でつぶやく。耳の奥では、鼓動がゆっくりと回転数を上げていた。  道沿いに歩くこと数十分。のんびりとした田舎道を進んで行った先、徐々によく見えるようになってきた宇宙港の中にはいくつものロケットが並んでいる。中には見覚えのあるSTS――――正式名をT−STS、オンドゥル式再利用型打ち上げ機も並んでいる。その、白く平べったいペンギンのような形の機体を眺めながら、タルクは宇宙港のゲートに向かった。  ゲートは広く、閑散としている。左右には旧式のトモエリバーがゲートガードとしてずっしりとした異様を見せつけて、その足下では、守衛の男がのんびりと立っている。  タルクはさて、どう進もうかと思いつつ、とりあえずは守衛の人に敬礼をして通ろうとした。 「お待ちください。許可無く立ち入りは―――」  ですよねー。あ、どうしよう。焦るタルク。なんて言おうか考えて――― 「許可状はこれじゃ」  いる間に、グランパはきゅるんと回りながら書面を取り出した。守衛はそれを受け取って確認した後、失礼いたしました、と言って書面を返した。タルクが受け取る。 敬礼を返す守衛の横を抜ける。、ガラスの扉が左右に開く。ざあっと、潮が引くような音を聞きながらタルクは書類を見た。 「え」  A4サイズの紙には簡潔に。 <望むところまで、帝國民は協力してこの者の行くべき真所まで協力せよ。>  とだけあった。  これで通れる施設もどうよとちょっとだけ思わなくもないところだが、タルクはそんなことを思うよりも前に、 「う、うわあ………直筆のサインなんてはじめて見ました……」  と、妙なところに感心していた。  その後、カウンタで確認を取ると、STSに二枠空いていることが判明。案内にそって発着ポートに向かって行く。蛍光灯の白い明かりに照らされた、明るい施設をこつこつきゅるきゅると進んで行く。右手の、床から天井までがガラスで覆われた窓から外を眺める。発着ポートにはすでにSTSが接続され、人の乗降を受け入れていた。  搭乗口に向かい、受付でもらった切符を通して奥に。広い緩やかなスロープを降りたあと、STSに乗り込む。何列にもなったシートの、奥の左手に二人分の席が空いている。タルクは奥の席に乗り込み、ついで、グランパを持ち上げてシートに乗せた。後ろ足で立ってありがとう、と言うグランパ。  さて。緊張してきた。 「聞きいたことがあるんだけど、いいですか?」  ベルトを着ける。緊張のまま五分も経つと、少しだけ余裕が出てきて、グランパに話しかけた。 「なんじゃね?」 「今回の旅の目的についてと、それと、乗る船の名前も知りたい―――」  話している内に、STSがゆっくりと動き始める。ごごごと地面を削るような音を立てながら車輪が回り、振動が船内を揺らす。タルクは慌てて口をつぐんだ。室内上部にあるディスプレイには、ずいぶん長い滑走路が映っている。目を丸くしていると、グランパが言った。 「三千メートル級だ」  タルクはこくこく頷いた。しゃべったら舌を噛むと思った。  徐々に加速していく。そのうち、機体が傾いた。振動が消える。代わりに角度は徐々に急になっていき、上から押さえつけられるような圧迫感が体をぎしぎしと押してきた。  わずかな息苦しさを感じている間にSTSは離陸した。上昇。雲の上に出た。窓から外をのぞけば、日差しに照らされた海のようにきらきらと白く輝いている。掴めばそのまま宝石になるんじゃないかと想像。  その想像は遙か後方に。STSはさらに上昇していく。景色は青から黒へと変わっていった。  ここは青空の終わり、宇宙の始まり。  しばらくして。外の景色は宇宙の黒に満たされた。目をこらせば、黒い紙をつついたような白い星々の瞬きが見える。 「成層圏を抜けたのかな……空がもう黒いや」  そう言っているうちに、どんどん眩しくなってくる。あれ、と思っていると、太陽のシルエット――。  かしゃん、と。自動でシャッタが降りた。タルクはおおっ、と思いながら天井から出たディスプレスに目を向けた。  アースライト。青い輝きは、地球の丸みをよく教えていた。  ディスプレイの隅には、現在の高度が表示されている。五十キロメートルだから、スペースシャトルなみだ。その数値は未だ増えている。高度は更に上がっているらしい。  さらに数分もした頃、船内に声が響いた。 『シートベルト着用のサインがはずれましたが、慌てずにはずしてください』  タルクはグランパを見る。グランパはくるんとこちらを向いた。 「さあ、外してみるんじゃ。キャプテン」  ―――緊張しながら、こくりと頷く。タルクはゆっくりとシートベルトを外した。  ふわり、と浮き上がる。目を丸くするタルク。 「うおっ!」  慌てて腕を振った。シートを掴もうとして、叩いてしまう。そのまま上に上がっていく。グランパが笑いながらジャンプ。ふわふわとあがってきた。こつんと天井にぶつかってタルクに並ぶ。  周りを見回せば、すでに大勢の人がシートを外していた。無重力状態が楽しいのか、同じ用に、ふわふわとあちこちを浮かんでいる。アテンダントも注意はしているが、顔はすっかり笑っていた。 「すげーーー!」 「FVBでは、おかえりというそうじゃ」グランパが言った。 「ふむ、あの国らしい言い方ですね」微笑するタルク。 「おかえり、キャプテン」 「……ただいま、グランパ」  タルクはそう言って、少し、照れた。そして付け加える。 「そして、おかえりなさい、グランパ」  くるくる回るグランパ。  ―――初めてのただいまと、おかえり。  どきどきするくらいの緊張から、わくわくする興奮に心は鮮やかに色を変えていく。  これが、キャプテン・タルクの、宇宙の旅の始まりだった。 /*/  しばらく宇宙を進むと、FVBの宇宙ステーションが見えてきた。エリンギみたいな形をしていいるが、上の方には円形の傘が、その上にはさらに御殿のような建物がついている。  その周囲には、ビギナーズが設計した巨大巡洋艦、ミアキスが六隻、直立して並んでいた。  タルクは目を丸くした。 「ミアキスだ……! 開発当時は色々あったなあ……」 「戦時急造艦だが、今のところ唯一のまともな宇宙艦だな」グランパが説明する。 「うん。――元々は財政難をどうにかしたくて、公共事業を受けてきたんだけど」  それにしても、と思う。ため息が出た。思っていたよりも、ずっと大きい。こうして見ていると、モデル名になった動物を思わせる。  と、ふいにタルクは首を傾げた。 「他にも宇宙艦はありませんでしたか?」 「発掘品である冒険艦と、民間船じゃ。――だからそう、ニューワールド唯一の自分達の船が、これなんじゃよ」  なるほど、とタルクは頷く。 「この6隻は、冥王星までいくんじゃ。途中で第5惑星領域にいくがな」 「そんなに遠くまで行くのですか……ってゲート経由ですか?」 「いいや、そのままじゃ」  そのまま? 「この船たちは片道のたびをして、燃料工場ユニットをつけてから同地で工場としてはたらくことになる」 「……えっ! 燃料工場?」 「うむ」 「……ああ、だいぶ話が見えてきた気がします」  つまり、他の星から燃料の算出と輸送の計画があるという事らしい。 「宇宙採掘して、200万tの燃料を100万tに圧縮して輸送する予定じゃ」 「それは1ターン当たりの?」 「そうじゃ」 「どれくらいの時間がかかるんでしょう」 「天領へゲートつかわずにいくには、まあ、この船で4ヶ月移動する」 「ふむ……」  天領、と聞いて考え込む。揉め事にならなければいいけどと少し、心配した。  だが一方で。1ターンで600万tが精製されて輸送されれば、帝國は一気に燃料で優位に立てるだろうな、とも思う。  いやいや。そこまではさすがに、その、うん。詳しくはわからない。まあとにかくだ。まずは一つ一つ、目の前の事を知っていこう。  さしあたっては、 「そういえば、グランパ? まださっきの質問に答えてもらっていないです」 「どんな質問じゃね?」  タルクは口をちょっと斜めにした。笑った。 「旅の目的はおおよそ分かりました。けど、僕達の乗る船ってどれなんでしょう?」  グランパはひげの書かれた顔を外に向けた。つられて、タルクもそちらを見る。並んでいる六隻のミアキス。その先頭の物を見ている。  そしてそれを見て、 「あ……」  ドクン、と心臓が音を立てた。 <CV101 初心> 「FVBのミアキスは国名をつける」  グランパが説明する。タルクはそれに頷くこともできず、食い入るように外を見ている。  ―――背筋が震えた。心臓が興奮でどきどきしている。  喜びがじんわりと、体を加熱させた。 「乗員は10名。パイロットは3名。連結状態で行く」 「はい!」  頷くタルク。  グランパは廻ってタルクを宇宙へ連れ出した―――――。 /*Interlude:彼女のいる船*/  ミアキスの船内。宇宙ステーションを経由して入ったミアキス<CV101 初心>の中では、宇宙服を着ることなく艦内を動ける。この事実一つをとっても、ミアキスが安全に気をつかった設計であることがよくわかる。それは戦時急増艦である事を感じさせない快適さだった。  でも、 「ああああ、わあっ!?」  くるんと回る。六角形の通路がくるんと回転して、上下がよくわからなくなる。慌てて壁に着地しようとする。けど、間違って蹴ってしまってさらに反対側へ。  いい加減止まりたい。止まりたいけど、まずい、なんかこれ、おもしろいかも―――なんて、思ってしまったり。  ミアキスの中央回廊、<セントラルコリドー>で悲鳴を上げながらくるくる回っているのは一人の少女である。彼女は目をおっきく見開きながらも、なんとか着地しようとしては、壁を蹴ったり、ぶつかったり、うまくいかないでいる。変なボタンとか、もし押しちゃったらどうしようと心配になる。 「とと、大丈夫ですかー?」  だいじょーぶじゃなーい、と返している暇なんて無くて。わ、また壁にぶつかる、なんて思って目を瞑る。  けれど。覚悟した衝撃はなかなか来なくて。気づいたら、がっしりと誰かに抱き留められていた。  びっくりしながら、反射的に口を開いた。 「ありがとう!」  お礼を言いながら、目を開く。  ―――視界にうつる、銀色の髪。 「大丈夫?」  息が止まる。まっさらに漂白される思考。  見慣れた故郷(わたし)と同じ色に―――  ―――気づけば、すっかり、目を奪われていた。 Interlude End.