/*悩めることも無きにしも*/  珍しいといえば珍しいなぁ、などと。  緑に囲まれた道を歩きながら、そんなことを思った。 「うー」  うなり声を上げる時緒。そのむくれた顔を見て、  ―――そうか、これをジト目というのだろうか。  などと。どうでもいいことを考える。  少し肩を小さくして、じーっとしながら、時々ぐるぐる目を回す。  拗ねつつも戸惑っている猫のごとく。  さすがに指を噛むのはあれだったか? 少し考える創一朗。が、まあ問題ないだろうと思う。むしろしてやったりという気もする。ふふふ。今日はなんだか良いぞ。ふふふははは。なんとなく調子に乗ってくる。今日は俺の天下だと思った。 「なんだか機嫌良さそうだね?」  半眼で睨まれてしまう。しまった、表情に出ていたか。創一朗は目を大きくして時緒を見つめ返した。  む、という顔をする時緒。じーっと見つめ合う。  ……。  ………………。  ………………………………。 「このまま日が暮れるかもしれないな」 「う。そうだけど」 「妙な事で悔しがるな。俺は別にこれも良いぞ。見ていて飽きない」 「そんなに顔変わってる?」 「いや? 単におまえを見ているのが好きなだけだ」  時緒はさらにむーという顔をする。創一朗は笑った。軽く手を引いて歩くのを再開。 「しかし、なんだな。どこに行く?」 「どこでも」  ぎゅーと強く手を握られる。  見ているのが、というフレーズが気にくわなかったらしい。 「そうだな。まあ、このまま無軌道に散歩するか。一緒に」 「うん」 「まだ、負けたとか思ってるのか?」 「だってー」  自分でも考えがうまくまとまっていないのか、時緒はぽかぽかするポーズ。創一朗は笑いながら歩いた。いや、なかなか穏やかな散歩じゃないか。 「おまえは良いやつだな」  散歩道。緑の生い茂る道を抜けて商店街に入る。ちょうど昼時、賑わい始めた商店街は、特に飲食店が混雑していた。家族連れや休憩中の大人達が店を賑やかし、屋台のフルーツやジュースは飛ぶように売れている。 「なんか飲むか?」 「あ、じゃあ買ってくる」 「じゃあ、一緒に行こう」 「うん」  とことこと歩いて行って、いろんな果物が混ざったジュースを買う。堅い木の実を加工したコップは、表面がざらざらして、口が大きい。たっぷりと入ったジュースをあおるようにごくごく飲むと、暑さにほてった体が、ほどよく冷めていった。 「さて。どうする?」 「うーん。行きたいところ、ある?」 「……別にないな。正直、一緒に居られればそれでいい」 「うう。なんだか素直じゃない?」 「俺はいつも素直だ」 「むぅ。まあそれは前は文句言いたいところもなくもなかったけど確かに今は」 「まあ。大抵最初はすれ違うな。今はそうでもないが」 「だねぇー。うん。おなかすいた?」 「そうだな。何か食べに行くか?」  こくこく頷く時緒。創一朗はのんびり頷くと、うまい店があるんだといって歩き出す。確か焼きハマグリのうまい店があったはず……。  何事もない一歩。何事もない日々。  いずれは過去として飲み込まれて行ってしまうただの一日。  けれどその輝かしさは忘れることなく。残された印象を大切にしていくことだろう。  重ねた手。重ねた日々。重ねた足跡がのびていく。  さあ。今日もただの一日を。珍しいと思ったことを、いずれ過ぎ去ったこと懐かしむような、そんな日々を歩んでいこう。