/*近くて遠い*/  空に見えたのは、ぽっかりと空いた白い穴。  見上げれば黒。  天は遠く、はしゃぐ夜風に草葉のこすれる音が響く。  ふと思いついたのは滝。ざあざあと流れていく水の音色によく似ている。  歩を進めれば、かさりと枯れ葉が声をあげる。右、左、右、左。道を飾るのは赤色の絨毯。赤い枯れ葉で覆われた道に、左右に立ち並ぶ太い木々。森はどこまでも左右を囲み、道はずっとずっとまっすぐに続いている。  その正面。道の真上に月がある。  ―――ここはどこかな、と。あゆみは首を傾げた。  辺りを見回しても覚えはない。夜なのになんでこんなところにいるのかもわからない。もしかしてゲームかとも思ったけれど、すさまじく危機的な状況という感じでもない。いや、別にいつもいつも危機的状況から始まるゲームをしているわけではないけれど。  道の真ん中に立ち止まったままあたりを見る。やっぱり、見覚えはない。  ――気が、する。 「――――――」  すこし心配になって、声を出した。晋太郎さん、と言ってみる。  けれど何故か、その音は聞こえてこなかった。代わりに水の音のような草葉の擦れる音がする。  仕方がないので、とにかく、道を進んでみることにした。  ちょっと足早に。がさがさがさと音を立てる道の真ん中を歩いて行く。どこまでもどこまでもまっすぐに平坦に続く道はまるで絵の中の風景のようだ。その道に果てはなく、地平線のような境界には決してたどり着くことができない……。  がさりと、音がする。  あゆみはすぐに振り返った。右手の森から、白い姿が現れる。  晋太郎が目を丸くした。それから口をぱくぱくさせて、あれ、と首を傾げる。しかしその反応を見るよりも早くあゆみは晋太郎に駆け寄っていて、ほっとしたように微笑を浮かべつつ、その手を取った。  手のひらに文字。き・こ・え・な・い。  晋太郎は頷いて、肩をすくめた。理由はわからないらしい。 「あら、ごめんなさい。やっぱり夢というのは遠いわね」  くすりと笑うような声が響く。聞き覚えのあるウォータードラゴンの声に、二人は同時に天を仰いだ。  けれど、そこにあるのは遠い夜空。黒い紙に針で刺したような星々のきらめきがあるばかり。 「――――」  どこですか? と聞いたものの、やっぱり声は届かない。晋太郎を見るあゆみ。見上げた先にある彼の顔はどこか困っているようだった。 「魔法は使えないわよ。ここにはそういうルールはないの」  どういうことですか、という顔の晋太郎。 「夢に理屈を求めてもね。でも、声が届かない理由は簡単よ。ただの枠の問題だから」  枠って何だろう。 「形と言ってもいいわね。――それぞれ見る夢が重なり合う事はあまりないわ。ほんの少し、ふれあうことだけでも、とても奇跡的なこと。別々のものがそれぞれあるのに、どうして一つになることもあるのかしら?」  眉根を寄せるあゆみ。なんとなく言いたいことはわかる気もするけれど、わからない気もする。 「ところで、何かお話があるんでしたっけ?」  あ、はい、と言いかけて、やっぱり声が聞こえない事を思い出す。それともウォーターには伝わっているのだろうか? たぶん、伝わっている。けど、自分の声すら聞こえないというのは、さすがにちょっと不安があった。もしも思ったことと違う事を言ってしまったらどうしよう、とか。  晋太郎を見る。晋太郎はすぐに気づいて、にこっと笑った。それだけで、心臓の動悸が少し落ち着いた気がした。 「らぶらぶね?」  笑っているような声に、ちょっとびっくりする。が、えへへと笑って晋太郎の腕を取った。 「可愛いわね。今度はこっちが言う番かしら」  首を傾げる。 「今日はいい夢だったわ。――お礼はまた今度ね?」  その声が最後。  ざあ、と風が吹いていく。地面を突き詰めていた落ち葉は下からせり上がるカーテンのように巻き上げられ、あっという間に道を、木々を、空を隠す。 /*/  そうして、目が覚めた。  妙に鮮明な夢だったなぁ、とあゆみはしばらくぼんやりした後、あ、そうか。これは夢だったんだ、と思った。 「あ、あ、あ」  何となく気になって声を出す。ちゃんと声は出る。うん。よし。  あゆみはベッドから降りた。まだ外は真っ暗。時計を見れば二時を少し越えたくらい。部屋から出ようとドアノブを掴む。ちょっとためらいながら、そっとドアを開こうとして。 「―――」  目を丸くする。部屋の外に、晋太郎がいた。ドアの前で迷っていたらしく、ちょっと距離がある。  二人は同時にくるんと目を回した後、くすりと笑った。  晋太郎は悪戯っぽく笑って、口元に指を立てる。しー。  あゆみは晋太郎の手を取った。手のひらに文字を書く。  い・い・ゆ・め・だ・っ・た・?  こくりと頷く晋太郎。そして今度はあゆみの手に指を当てる。  ま・た・あ・し・た  こくこく頷くあゆみ。二人は手を放して、その手を持ち上げて軽く振った。  そして小さく口を開いて、 「―――――」  ドアを閉じる。ベッドに戻って、最後に交わした言葉を反芻する。  目を瞑る。聞こえないはずの声が聞こえる。  お・や・す・み。