/*ターン・ロール*/  帰りは夕方頃だった。  反射的に全力で逃げ出してしまったが、今はそれほど、逃げる気もしない。たぶんもう大丈夫なのだろうと思いつつ、飛行機の中で、少しだけ自己嫌悪。  まあ、本当に本能的な反応だったからどうしようもないんだけど……。  そんな事を言い訳にしつつ、飛行機を回して、帰り道。ゆっくりとターンをすると、先の方に黒い巨大な影と、夕焼けのオレンジの景色がある。  ――ふと思いついて、ロールさせる。 「そうだ」  これにしよう。小カトーは満足げに笑うと、再びロール。機体と共に基地に戻った。 /*/ 「よっ。……昼寝?」 「ふぇ? あ、ショウ君?」  唐突に声をかけられて多岐川佑華はまぶたを開いた。すると、ピンク色の髪の少年――小カトーがのぞき込んできていた。  びっくりする。一瞬、自分がどこで何をしているのかわからなくなった。 「起きる? もう夕方だけど」 「あ、うん」 「ほい」  手を伸ばしてくる。その手を握って、佑華は起き上がった。すると背中でつぶれていた柔らかい草ががさがさと音を立てる。足下に向かって緩やかに傾斜している草地で、後ろには太い幹の木が生えて頭上まで枝葉が伸びて傘みたいになっている。  FEGの空中庭園。地上百……何十階だったかの場所で、暖かい空気に混じってそこかしこから水音が聞こえてくる。 「あっ」  そうそう。思い出した。佑華は小さく口を開いた。  入場無料なのをいい事に、ここで昼寝していたのだった。ちょうど良さそうな木陰で、遠くの雨音のように響く水音にちょっとどきどきしながら目を瞑ったところまでは覚えてる。そのあと、あっというまに眠ってしまったらしい。  ちょっとした気分転換のつもりで。 「えーと。ショウ君?」 「ああ。そうだけど。というか、どうしたんだ? こんなところで」 「うん、昼寝」 「昼寝ぇ? 普通に部屋とかあるだろう」 「え? あ、ほらでも、こういうところで寝るのも気持ちいいよ?」  ふぅんと小カトーは首をひねった。まあ、デッキで日光浴するみたいなもんか、と納得する。BALLS達がごろごろ転がっている夜明けの船の甲板を思い出した。  と思いつつ、あらためて佑華を見る。彼はBALLSというよりは猫だよなぁと思った。 「ま、おかげでちょっと探すのに時間かかったけどな」 「え? あ、ごめん。その、何かあったの?」 「んー? いや別に?」 「あれ?」  小カトーは少し目をそらしつつ、隣に腰を下ろした。 「いや、ちょっと休暇だよ。そっちは最近どう?」 「どうって? あ、うーん。結構忙しいけど、結構暇かも?」 「へぇ? ……あー。なんだ。その」  がりがりと頭を掻く。難しいよなぁとつぶやく小カトーに、佑華はきょとんとした。何が難しいんだろう。 「その、暇だったら散歩でもするか?」 「あ、うん。するする」 「よし来た」  素早く小カトーは立ち上がり、ひょいと手を引っ張って佑華を立ち上がらせる。しっかりと握られた手を見て、何となく笑う佑華。小カトーはあっち行ってみよーぜと言って歩き出した。  と、手を放されてしまう。  む、と少し考える佑華。しかしどんどん進んで行ってしまう勢いの小カトーを見て、慌ててついて行った。  木々の間を抜けて、どんどん奥に入っていく。左右の草地には小さな花がいくつも咲いている。花びらを広げた青紫のものや、つぼみを来る白い物。  かさかさと草が揺れる向こうでは猫士がのそのそと歩いていたり。  木々のカーテンはどこまでも続いて。  その先をどんどんと進む小カトー。  ――ふと、このままおいて行かれるんじゃないかという気がして、 「あっ」  ぐらん、と傾く。  足がもつれる。ついさっきまで寝ていたせいかも、危ない、どんどん近づく草地を見詰め。 「おいっ」  がしっと、前から腕で支えられた。  何とか伸ばした腕で肩の辺りを支えてくれる小カトー。結構姿勢が厳しいかったのか、少し顔が赤くなっていく。 「ご、ごめん」 「大丈夫か?」 「うん」  頷きつつ、ちょっと頭を押さえる。ウイッグはずれてないよね。  小カトーは一瞬ぐっとのけぞりそうになったが、それを全力でこらえた。そして改めて、手を握る。 「悪かった。急がせたな」 「ううん。こっちこそ。あの」 「気にするな。あとそれ取るな。えーと、こっちだ」  なんでこうぶっきらぼうな言い方になっちまうんだと思いつつ、小カトーはまた歩き出した。今度はそれほど早くもない。佑華はのんびりとついて行き、ついでにウイッグも直した。  片手は、まだつないだまま。  ……そして、木々のカーテンを抜けると、そこは一面夕焼けで。  ため息をつく。窓ガラスの向こうにうつっているのは、濃いオレンジと、無数の建物の黒い影。それがまるで影絵のようで、ちょっとした絵画のよう。 「本当は空から見るのも良いんだけどな。ま、こっからのもなかなかだろ?」  へへっと笑ってこちらを向く小カトー。  佑華はうなずいて、うん、と言った。