/*猫たちの日向*/ /1  朝靄はすでに遠のき、穏やかな日差しは風にさらわれた薄布のように緑色の大地を覆っている。巨大なビル群は、下から見上げれば天を突く槍のようでもあったが、そこに絡まる太い蔦を意識するとどこか古代の遺跡めいてもいる。  勿論ここは遺跡ではないし、廃墟でもない。ビルの中では人々の営みが日常の名の下に続いているし、その谷間を風が駆ければ、草地で眠る猫たちの、にゃあ、という小さな声が響いていく。  少し前まで。この国には、灰色の巨大構造物が幾万の兵士の携えた槍のごとくそびえるばかりであり、このようなビルの狭間での緑色は見られなかった。  この国の名をFEGと言う。今では共和国大統領でもある藩王がそのうちに抱く思いを強引に名前にした国であった。  その街の景色が一変した。灰色の建物はわき起こる緑に覆われ、少なからず不満の種になっていたよどんだ空気は見違えて清涼になった。大地には草と花が増え、巨大建造物には蔦が植えられ、ほどよく調和を作っている。  さて。その一角。大地の片隅に日だまりがある。  そこはビルとビルの隙間にできたちょっとした公園だった。真ん中には傘のように広がった大木があり。その下のベンチには家族連れか恋人か、いくつかの人々の集まりが木漏れ日のように点在している。  そこから少し離れたところに、大樹を囲むようにぽつぽつと出店がある。ホットドッグ、カレー、銀河料理、etc。そこそこ繁盛しているのか、はたまたただの趣味の産物か。店員は車タイプの出店の中で比較的のんびりしている。  ―――さて。更にもう少し離れたところで、私はごろんと寝転がっていた。  端から見れば、猫ばかりが四匹、たまり場を作っている感じである。どれもそこそこに大きな猫で、子猫ではない。このあたりではちょっと有名な三銃士、ならぬ四猫士(よんびょうし)である。  日向は充分な大きさと暖かさがあって、草葉のベッドは心地よい柔らかさを維持している。時々、周りで寝っ転がっている他の子がのしかかってくるのが重いけれど、ぺしぺし背中を叩いてやればまたずれていく。  時々折り重なったり、つぶされたり。  まあ重すぎて喧嘩になることもあるけれど。それはそれでまたいつもの事。  でもさすがに、 「カレーのにおいをぷんぷんさせてのしかかるのは許せません」  てや。前足でパンチ。  ふぎゃ、と。すやすや眠っていた白地に黒の猫が声を上げた。慌てて離れて顔を洗う。 「なんだ」 「カレーのにおいが強すぎます」 「ああ。あれは美味しかったな」  いや、そんなことは聞いてない。 「あそこに行けばもらえると思う」  言いながらその猫は体を起こした。眠気が飛んでしまったのか、前足を伸ばし、うんとおしりを突き出して体を震わせている。背中一面を覆っている黒い毛はまるでカバーのようだ。その割に横っ腹下腹部にかけて真っ白なせいで、どこかペンギンを連想させる。この雄猫の名前を、うの、と言う。  私とは腐れ縁というか、切っても切れない縁というか。まあそんなこんなで結構つきあいの長い野良仲間である。 「でもあなた、前はあそこのカレーは辛すぎるって言ってたじゃない」  私が指摘するとうのは、そうだったっけ、と首を傾げた。 「ふよは細かいことを気にしすぎだ」  細かいて。 「あと、美味しかった」  それは重要だ。彼がそう言うという事は、辛すぎなかったという事だろう。営業方針を変えたんだろうか。前まではなんだかけったいなスーツを着て辛さを主張する熱血系の店だったのに。それはそれで何故か子供達に人気だったことを思い出す。 「この間、大統領のお嫁さんが食べにきてむせてから反省したんじゃないかなぁ」  そんな事をぼやーと言ったのは、同じく横で寝そべっていた猫である。茶色い毛並みで、額に黒いわっかの模様がある、おっきな目がくりくりしている猫。猫は好奇心の代名詞とも言うらしいけれど、それを言うなら彼女こそその言葉を体現するねこ・おぶ・ざ・ねこである。 「てい。それなんの話?」  私が聞くと、ていはごろごろとのどを鳴らした。 「うん。ほら、最近よく来るじゃない、可愛い子。あの子、前に新聞で読んだけど、大統領のお嫁さんなんだってー」 「それガセでしょ。確か養子とか」 「そうなのか?」うのが聞く。 「そうかも?」ていはぼんやりと返す。  はて。うのとていは同時に首を傾げた。  とまれ。そんなことはどうでもいい。  問題なのは、 「珍しい。こいつだけ起きないなんて」  足下で眠りこけている一匹の猫を見た。白地なのは私と同じ。けれど全身が一色で統一されている私とは違って、足下で寝ている雄は顔の上半分から頭の後ろあたりまでが焦げ茶色だ。まるで仮面みたな模様のこの子は、いつもなら周りがちょっとでも騒げばすぐさま目を覚ますやつである。  名前はちよと言う。最近は猫屋敷なる場所でよくお世話になっているらしい。 「ちよー。ふよが呼んでるよー」  前足でぺたぺた。うのは勝手な事を言ってちよを起こそうとしている。どうでもいいけど私は呼んでない。 「でも不機嫌だ」  うのはこちらを見て言った。ペンギンみたいなことを言わないで欲しい。  ……そんなに変な顔してたかと、心配になってしまうじゃない。 「ん。んあー。何? 何かあったの?」  ぴくんと耳が動く。ちよはぴょこんと起き上がると、きょろきょろと辺りを見回した。その様子を見てあくびをしながらていが答える。 「特に何も」  じゃあなんで起こしたのさ。 「……あのね。僕これでも疲れてるんだけど」ちよは前足で顔を洗いながら言った。 「お疲れだな」おざなりに返すうの。 「……わかった。君に何言ってもそうだっていう事忘れてた」 「猫だから仕方ない」 「猫だから仕方ないねー」  示し合わせたように頷く会う、うのとてい。この二匹はなにかというとよく意見をあわせてくる。 「それにふよが不機嫌そうだった」  余計なことを言う背中にパンチ。あたっ! と言って飛び退くうの。フー! 「ふよが不機嫌なのはいつもじゃない?」  きょとんとして言うちよ。……少し反省してもらった方がいいかもしれない。 「ごめん、そのジト目は怖い」  睨んだ覚えはなかったのだけれど。先に反省されてしまった。  振り上げたこの手はどこに下ろせば。 「でもそんなことだからふよには浮いた話の一つもないんでしょうねぇ」うのはけらけらと笑う。「私達に嫉妬しても駄目よ?」 「何の話?」 「にゃー」  にゃーじゃないし。いや猫だけど。 「それにちよも。ちゃんとふよと一緒にいる時は面倒見てあげなきゃ」 「なんだか理不尽な物を感じるよ、うの」 「何が理不尽なの?」ちよを睨む。 「ごめんなさい。……ほら、理不尽だ」  ぼそぼそとつぶやくちよ。拗ねたのか、背中を向けて丸くなる。尻尾がぺたんと草に埋もれた。けらけら笑ううの。ていがそろそろやめなさいとばかりにのしかかった。うのは沈黙した。圧死かもしれない。最近太りがちだったし。  むぅーとうなりそうになるのをこらえて、私はちよのそばに向かって行った。丸くなっているちよの隣に座る。 「で、なんでそんなに疲れてるの?」 「なんでもない」  そっぽを向く代わりに、体を起こすこともせずにちよは言った。  怪しい。  反応が早すぎる。それに、質問された直後に、尻尾は緊張したようにぴんと立った。その様子をにやにやと見ているうのとていの存在も、何か隠していることを確信させるには充分すぎた。 「ひっかくわよ?」 「乱暴だよー」 「じゃあ私にどうしろと」 「そんなこと知らないよ……」  疲れ果てたのか、ちよはべちゃりと顎を地面に乗せた。私はその態度がなんとなく不満で、前足でぞりぞりと地面をひっかいている。  風が吹く。空を見上げれば、目を細めるほどの青い色。今日は雲一つない晴天で、きっと夕焼けは綺麗だろう。  のどかな日々。  昼寝に最適な穏やかさ。  文句など思いもつかないつかの間の平穏に、幸福(あくび)をかみしめる。  ――正直を言えば。のどかすぎて、少し退屈だった。 「えーとね」  ちよが口を開く。その目は話私の前でいつの間にか大口を開けている穴に注がれていた。いつの間に。一体誰の仕業かしら。 「あのね、あとでふよにも言おうと思ってたんだよ。でもふよってほら、飽きっぽいし。ほとんど準備終わってから言わないときっと途中でやめちゃうんじゃないかなって。前もほら、一緒にお祭りに行ってたのにいつの間にか一人になってたから。だからえーっとね」 「いいから先を話す」  このままだと私のボルテージがリミットブレイク起こす。 「実はね。こんなチラシがあって」  しかしこっちの気なんて知りもしない。ちよは訥々と語り始めた。 /2  コンサートホール貸し出します。  そんなチラシを僕が見つけたのは、結構前だった、気がする。よくわかんない。人の言う時間という物はどうも猫にはわかりにくいのです。  それはともかくとして。  FEGの巨大建造物の一角、そこそこ人通りのある通路の壁にあったそれに、なんとなく、目がとまったのがきっかけだった。  勿論自分には何をしようかなんて思いつかない。コンサートホールと言うくらいだからコンサートができるんだろう。ミュージアムもそうかもしれない。あれ、ミュージアムは別か……。まあ何にしても、なんだか大きな事ができそうだなぁ、なんて。そんな風に思った。  思ったから、とりあえず相談してみることにした。 「ねえねえ。コンサートホール借りられたら何する?」 「そりゃ、コンサート?」  その日の夕方。いつもの公園で相談すると、うのはそう答えた。口の端には白い物。足下には食べかけのクレープ。その日はちょうど、生クリームの絶妙さで大人気のクレープ屋が出店していたのである。 「コンサートって何?」 「そんなの猫にはわからない」 「だからペンギンの真似はやめようよ」 「そういえばていもそんな事を言ってたかも?」  言うなり、うのはきょろきょろと辺りを見回した。見ようによっては自分の尻尾を追いかけているようにも見えたかもしれない。が、彼女は見つからなかった。今頃どこかで何かの噂を追いかけてるんだろう。そしておもしろい物だったら明日にでもみんなに披露してくれるはずだ。いつかみんなを「にゃん」と言わせるために。  閑話休題。 「いないな。えーっと、思い出してみる。確か、コンサートは音楽だったはず」 「音楽かぁ。あ、そういえば前に見たことがある。お正月にギター弾いてる人がいた!」 「年末だったような。まあどっちでもいいか。……なんで最後脱いでたんだろうな」 「だねー?」  それはとかもく。 「そっか。あれがコンサートかぁ」  むぅ、と考える。後ろ足で立って、前足で腕組みしてみた。おお、なんか考えている感じがする。  けど何も思いつかなかった。仕方ないので翌朝、朝靄立ちこめる同じ場所で、今度はていに相談した。 「コンサートって言うのは演奏会、音楽会の事よ」  ていははっきりとそう言った。自慢の知識を開陳する機会を得られたからか、なんか嬉しそう。鼻をふふんと笑わせて、そんなことも知らないんだ、なんて態度を取ってなければもっと良いのだけれど。 「何? コンサートやりたいの?」 「うん。コンサートホール貸し出ししてるんだってー」 「借りられるの?」 「猫士オッケーって書いてあった」 「そっか。じゃあまず楽団を作らないと」 「楽団」 「そう。楽器を演奏できる猫を集めなくちゃ」 「それならちょっとは知り合いにいる」  同じくその場にいたうのが言った。彼の交友関係は広い。……主に食べ物ネットワークで。 「なに、声をかければ猫士の十匹や百匹」 「オーケストラでもやる気?」呆れ顔のてい。 「あ、でもそれ楽しそう」  二匹がこちらを見る。小首を傾げるちよ。 「……ま、そんな顔されちゃふよじゃなくてもやりたくなるわよね」 「だな」  やれやれ、とばかりににゃーと声を出す二匹。  ……まあできるなら何でも良いんだけど。  いやよくない。やっぱり気になる。 「どんな顔してるの?」  うのとていは顔を見合わせると、同時に言った。 「すっごい楽しそう」  そりゃそうだよ。だって、 「楽しみだよ?」  すると二匹も、笑みを浮かべた。けどその笑みはどこか苦笑っぽかったけれど。 /*/  話を聞いた私はちょっと不機嫌だった。  そりゃ、その日はたまたま私はここに来てなかったわけだけど。でもそれっていつの話よ。そんなの今まで一度も聞いた事がない。なんかそう思うと、無性に腹の方がかっかしてきて、頭が熱くなって。  結論。思わずかみついてしまっても、仕方がないというものではないか。 「暴力反対ー」  背中をかみつかれたちよは涙声で言った。私は渋々放してやった。 「食われるかと思った」 「食べてもらえるかもよ? そういう習慣もあるし」  さらっと言ってのけるてい。ちよは凍った。 「そうなの!?」 「うん。みんなで具になって。……まじめな話よ?」 「聞いた事がある」うのが言う。「食葬?」 「そそ」  そんな食習慣はどうでもよろしい。私は二匹を睨みつけた。 「二人ともこのこと知ってたんでしょう。知ってて隠してたんでしょう」 「てっきり知ってるとばかり思っていた」うのはきっぱり言った。「ていは知らん」 「私はー……」  ぎろっと睨む。半端な答えじゃ許さないぞと意思表示。 「ちよと同意見だったし」  効果なし。笑いながら答えられてしまった。  まあ、いい。そういう事もあるさ。ふんだ。覚えてろ。 「で、そのコンサートだけど。いつやるの?」 「三日後ー。昨日のうちに楽器とかはもう送ってあって、今日から会場練習なんだ」  ちよはにこにこ笑いながら言った。  ……。  …………。 「……なんだか不機嫌そうだね、ちよ」 「完全に私は蚊帳の外ってわけね」 「え」  なんでだろう。すっごくむかむかする。 「そこまで飽きっぽいと思われてたなんてね。ちょっとびっくり」  え、これ誰の声?  なんて思ってしまうほど、自分の声は冷め切っている。  ちよはわたわたと慌てている。その態度がいっそう神経を逆なでした。 「だったら好きにしてれ――」 「でもふよにはこれから頼みたいことがあるんでしょ?」  ふいに、ていが口を開いた。  ……ああ、情けない。耳がぴくってなってしまった。 「え、え、うん、そうなんだ」ちよはぱっと元気になって言った。「えーっと」 「選曲を頼もうかなって。ふよならセンスよく選んでくれると思うし」 「選曲?」  はて。私は首を傾げた。 「選曲って。もう練習してたんじゃないの? なら」 「そんな秩序だって練習できるわけないだろ?」うのはくつくつと笑った。「これ良さそう、と思った曲を全部一通りできるようにしただけだよ。そんなに数もないし。結構好き勝手にやった。これをまとめるのは一苦労でね。でも、ふよはそういうの、得意だろ?」 「なるほど」  納得。……まあなんというか。それでも少しこう蚊帳の外感は残るけど。  ついでに言えば、うまくいったぜ、とばかりに視線を交わすうのとていが妙に気になるけど。 「まあいっか。今日はもう集まりがあるの?」 「あ、うん」ちよは頷いた。「これからホールに集まって、それで選曲して、練習しようっていう話だったの」 「そっか。じゃあ早く行きましょ? 練習の時間を奪っちゃ悪いし」 「えーと。…………うん。そうだね」  ちよはなんともいえない笑みを浮かべて頷いた。  コンサートホールは結構遠かった。街の中、巨大構造物に入ってどんどんどんどん上に登っていった先。人でごったがえしている道をつっきって、ようやくホールに到着した。  中はがらんとした大きな空間が広がっている。中央正面に向かってゆっくりと下り坂になっている。椅子が綺麗に列を作って並べられ、その全てが、正面の半円形のステージに向かっていた。  今は白い明かりで、室内は一望できる。でもきっと本当はもっと薄暗くして、ステージだけを明るくして使うんじゃないだろうか。けれど主役となるべきステージにはまだ何もなくて、主役不在の舞台はいささか寂しい空気を漂わせている。  私たちは真っ先にステージに登った。おおー、とうのが声をこぼす。 「すごいなぁ」  何がすごいのかは全然わからない言葉だったけれど、でも、そんな事は言わなかった。  私もそう思っていたからだった。  ステージに立って客席を見ると、ぐわっと周囲が押し寄せてくるような印象がある。段々になった椅子はぐるりとこちらを取り囲み、津波のよう。よく見たら二階にも席がある。そこまでくるとそびえる壁のようだ。  緊張したのか。ちよが息をのんだ。ていですら何も言わずに、呆然とそれらを眺めている。  私はちらと、視線を上に向けた。二階席の、真ん中。あそこからこちらを見下ろしたら、どんな風に見えるんだろう。  いや。今はいいか。それよりも、 「さて。選曲しよっか?」  はっとしてちよがこちらを向いた。こくこくと頷く。 「そうだね。あ、それとどんなのかも聞く?」 「私、楽譜なんて読めない」 「わかった。レコーダも持ってくるね。ちょっと待っててー」  ぴゅーんと走り去ってしまうちよ。私は苦笑してその背中を見送った。  選曲はわりあいさっくりと終わった。  といっても結構な時間はかかったけれど。ざっとどんな曲か聞けばどういう順序が良いかくらいは想像がつく。あとはちょっと頭を働かせればいい。眠たくなる曲、目が覚めるような曲、いろいろある。ジムノペディとか誰が選んだんだろうと思いつつも、まあ眠くなる頃合いに剣の舞で起こしてやろうと画策。  で、わりあいあっさり決まった頃に、他の猫士達が集まってきた。何匹かは知っている猫士もしたけれど、大半はうのの知り合いらしく、どこ――の食品裏場の裏――で見たかは覚えていないが、知らないこともない、そんな猫士達だった。  がんばるぞー。にゃー。そんなかけ声をかけながら一同はステージに。奥から各々楽器を持ってきて、あっちゃこっちゃに移動する大騒ぎ。ちよがなんだか慌ててあっちだよこっちだよと指示したり、うのが楽器を持ってきて勝手に演奏を始めたり、もうそれで始まりでいいやと思ったのかみんながそれにあわせ始めて。  それを見て。  ――ああ。楽しそうだな。  なんて、思ってしまったせいだろう。  どうにも溶け込みきれない自分が不満で、私はそっと、その場から離れていた。 /*/  そしてずいぶん時間が過ぎて。疲れたうのが休憩しようと提案して、ようやく僕たちは休みを取ることになった。みんなそれぞれステージに転がったりシートに寝そべったりし始める。僕も、適当なシートに乗りあがって丸くなった。  実のところ結構前からの練習になる。最近はずいぶん形になってきたし、こうして始めても、演奏しているうちに不思議とまとまっていくようだった。いきなり調子っぱずれに他の曲をやりたいとなる事も少なくなってきて、そのうち、みんなが没頭していく。不思議なことに、そのことに誰も不満を抱かない。誰だって飽きっぽいところはあるのに、夢中になってしまうのだ。  いつの間にか時間が経つ。夢中になっていると時間の流れはあっという間で、疲れも空腹もわからないままどんどん過ぎ去ってしまう。  ひなたぼっこをして眠りこけるのも好きだけど、こういいものだな、なんて、僕あたりは思ったりする。 「その感慨はいいと思うんだけどね。ちよは結構大事なことを忘れてると思うよ?」  すると。ていがやって来てそう言った。彼女は僕のシートの背もたれの上から敷物のように顔を垂らすと、その下で座席に着いていたこちらを見下ろした。 「いつの間にかふよがいなくなったことに気づいてる?」 「いつの間にかって。結構早くにいなくなってたよ?」  確かに、三曲目あたりで。  変な顔をするてい。 「気づいてたんだ」 「うん」 「追いかけなくて良かったの? 呼び止めたりしなくて」 「うーん。でもほら。本当は当日まで秘密にするつもりだったんだし」  そもそも今見せてしまったのがイレギュラーだったりするのであって。  などと説明すると、ていはなんともいえない表情を浮かべた。呆れているのだけれど呆れきっていないような、難しい表情。どっちにしても馬鹿にされている気はする。 「ま。でも嘘をすぐ諦めたのは上出来かな? 絶対喧嘩のネタだからねぇ」 「うーん。なんというか」  隠し通せる気がしなくなってしまったというか。 「でもさー。ばれちゃったでしょう? それでもあなたの考えを黙っている意味はあるのかなぁ」 「大丈夫だよ。ふよは気分屋で怒りっぽいけど、でもいい猫だから」 「すごい根拠よね」 「ほんとだよ?」 「わかりましたわかりました。もー。なんで私が惚気を聞かなきゃならないんだか……」  てやてや、と彼女はシートの背もたれをパンチする。ひっかきたそうだけれど、それをやると弁償です。ひっかいても大丈夫なシートとかないかなぁ……。 「まあ。うまくやれれば全部解決だ」  ひょいと、隣の席に駆け上がってくるうの。かゆいのか、頭をなんども掻いている。 「で。ちよ、ちゃんと誘ったのか?」 「…………あ」  しまった。  本当は当日いきなり誘ってちょっと強引にでも連れてこようと思っていたのだけれど。これじゃあさすがに話も聞いてくれないかもしれない。不機嫌だし。  ……うわぁ。どうしよう。 「考えてなかったのか?」 「いや、その。考えてはいたんだけど」 「状況が変わった?」 「……うん」 「ばかー」  ぽかん。ていに頭を叩かれる。 「何のためにこれやってると思ってるの」 「うう、ごめんなさい。まって。何とかするから! えーと、えとー」  わたわた。尻尾が落ち着きなく揺れている。  二匹はため息をついた。 /3  三日経った。  確か今日はコンサートの日。街中を歩けばチラシを見かけることもある。どうやら会場のあるビルの周辺の階は、猫や猫士が大勢集まってお祭りのような物をやっているらしい。そういえば、話に聞いたことがある。最近一部で猫士がプッシュされているとか。第七世界人だったっけ?  私はそんなことを考えながら、会場のあたりをうろうろしていた。ちなみにコンサート開演は午後で今は午前。当然ながら会場は開いていない。だが、ちょっとした屋台や、猫まんま体験コーナなどはすでに始まっていて、見物に来た猫や猫士はすでにすっかり遊んでいる。  私はその中の一つ。昼寝体験コーナでごろんちょしていた。高い天井から日差しにも似た光を浴びて、暖かな空気に満たされた草地でごろんとしている。緩やかな傾斜の丘と背の低い木、緑色の中にちらほらと見える白や黄色の小さな花を眺めていると、とても室内だとは思えなくなってくる。  個人的には。外のちょっと寂しいくらい人気のない土地も好きなのだけれど。  そう思いながら寝返りを打つ。すると、丘にやってきた人々がくてーんと寝転がっている姿が見えた。なんだろうあの、頭にちょっとした毛がない、太った男の人は。みんな気になるのか、大きなおなかを駆け上ったり、ちょいちょいと頭を触ったりしている。そのわりに不機嫌そうなところを見せないのが不思議だ。そのせいか、妙にみんななついていた。  まあそこまで特徴的な人の他にも、このあたりにはちらほらと人間がいる。昼寝体験コーナと言うだけあって、みんな寝転がっているけど。  寝ているのも飽きた。私はゆっくりと体を起こすと、とことこと斜面を下っていった。猫鍋コーナにでもいってみようか。それとも猫屋敷コーナか……。うーん。  考えながら歩いていると、ふいに、声をかけられた。私はわずかに眉間にしわを寄せた。ぷいと無視する。 「ふよー」  歩いて行こうとする。もうすぐ昼寝コーナの出口というところで、隣に並ばれた。  ちよだった。 「どうしたの? ふよ。聞こえてる?」 「聞こえてる」 「良かった」  何が良かったのか。ほっとしたような表情。  私はなんだか不機嫌で、そのまま歩いて行こうとする。それともパンチでもくれてやろうか。 「機嫌悪いね」 「そんなことありません」 「そ、そう……」  明らかにたじろいでいる。それがまたしゃくに障って私はそっぽを向いた。そこには外の景色の見える窓ガラス。青空の下には針山のように巨大構造物が立ち並び、その下は緑色の絨毯が敷き詰められている。――普段いる場所は、こういう風に見えるのか。  でも肝心なのはそこではなくて。窓ガラスに映った私は、とっても腹を立てているような顔をしていた。 「む」  それはそれでまた腹が立つ。これが自乗効果という物だろうか。あるいは負のスパイラル。 「えっとさ。それで。今日コンサートなんだけど」 「へー」  ……うわ、自分でも驚くほど平坦な声。ちよは完全に青くなっている。 「あ、あのね。ふよは……その、来る?」  誰が!  かちんと来た。  これはもう我慢できない。その、まだ「来てくれない?」とか「来てください」とか言うならともかく「来る?」ですって? 「行かない」 「え、えっと、でも」 「でもじゃない。私は行かない。楽しんできてね。それじゃあ」  駆け出す。あ、ふよ、と言う声が後ろから追いかけてくる。そんな物に追いつかれてはたまらないと私は全力疾走した。廊下を駆け抜け、エスカレータを飛び降りて、わぁすごーいという声を無視して建物から出て行く。  そして、いつもの公園へ。  息はすっかりあがっている。体はかっかして、心臓はどくどくと騒音を立てている。疲れ切って、草地にべちょっと倒れこんだ。四肢を広げて、敷物みたいになる。  ちらと、後ろを振り返る。  ちよは追いかけてこなかった。 /*/ 「……なんですと!」  偉く高い声で響いたせいでしょうか。それとも喫茶店いつかの前で立ち尽くしていたからか。犬妖精だからと言うのはそろそろない気がします。もうここに来てずいぶんになりますし。  とまれ、とにかく、通りすがりの人たちの視線がなんだか背中に痛いです。  その私の前、喫茶店のドアにかかっている札にはこう書かれてあります。  本日休店。 「あっ」  数日前の話を聞いて思い出しました。そういえば今日は休店で、理由は確か…… 「マスタがおくさまとデート……わぁー」  突然機嫌が良くなる私。そして全く同じ反応をしたせいで、その後で「だから五日後は休店だ」という肝心の一言を聞き逃していたことに気づいたのであった。  なんてことでしょう。  いやまあいいか。  開き直ることにした私、モカは、結局いつも通りポケットの鍵でドアを開けて喫茶店の中に入りました。そして玄関の少し先で敷物のように倒れていた部長(犬)の背中をなでて、なんだ、という風にまぶたを持ち上げて睨みつけてくるその首をわしゃわしゃと掻きました。 「散歩に行きませんか?」  部長は首を持ち上げてこちらを見ました。その目は『おまえが行きたいんだろう』と言っている気がひしひしとします。勿論そうです。でも一人じゃ寂しいじゃないですか。  そのとき、なんと、不退転の決意が伝わったのです!  部長はのっそりと立ち上がると、ぺたぺたと歩き始めました。体を押して半開きだったドアを押し開き、外に出て行きます。私はにこにこ笑いながら追いかけました。  さて、どこに行きましょうか。なんて私に選ぶ権利はないのかもしれません。部長はさっさと歩いて行きます。うわーんおいてかないでください。ドアに鍵をかけて慌てて追いかけます。  最近のFEGはいつの間にか緑あふれる街になっています。街の完成は人の建てた建物と自然とが隣り合わせに存在するようになることだといつか誰かに言われた気がしないでもありませんが、そんなことを思い出すくらいに、今は緑がたくさんあります。巨大構造物の壁を這う草や、雑草や小さな花の生えた地面。空気は綺麗で、これなら舞踏体でなくても外に出て散歩したくなるという物です。いや舞踏体は飛び降りているんですが。  まだ午前中。のんびりと歩いて行った先は公園でした。でも、あまり人はいませんでした。いくら緑に覆われたと行ってもやっぱり建物の中の方が好きなのでしょうか。勿論便利さで言えばそうですが、外も捨てた物ではないと思います。なんて思いつつ、辺りを見回すと、ふと、一匹の白い猫を見つけました。  その猫はべたーと地面に倒れていて、なんだか疲れているように見えました。体調不良なのかもしれません。  部長も気づいたのでしょう。立ち止まると、ちらとこちらを見上げてきました。  私はこくこくと頷いた後、猫に向かって行きました。 /*/  目を瞑ってぐったりしていると、だんだん右の前足がじんじんとしてきた。ちょっと、痛い。  ここまで走ってくる間に怪我したのかもしれない。そういえば、結構必死に逃げ回る――もとい、走って来た記憶がある。エスカレータ飛び降りるとか、普段はちょっと考えつかない感じの。  ああもう。それもこれも全部ちよのせいだ。自分でも八つ当たりだと思ったけど、私はそう思うことにした。  とにかく足の様子を確認しよう。そう思って起き上がろうと、瞑っていた目を開いた。  目の前に柴犬がいた。 「にゃ」  びっくりした。  何にびっくりしたって、そりゃびっくりしたことにびっくりしたというか、いやとにかく何でここに犬がとか、なんで私を見ているんだとか、いろいろあって、うん、その、なんというか。 「あ、起きました。猫さん猫さん、大丈夫ですかー」  と、少女が今度はやってくる。彼女は触って良いですかーと聞きながらそろそろと手を伸ばしてきた。  ぴょんとジャンプして離れようとする。  が、右足が駄目だった。力を入れ損ねて、立とうとした瞬間に声を出して倒れてしまった。 「わ、やっぱ怪我がしてますねー」  慌てているのか慌てていないのかよくわからない間延びした早い声で彼女は言った。 「大丈夫ですよー。えーっとどうしよう。どうすればいいと思いますー?」  犬を見つめる少女。犬はあくびした。 「放っておけば治る? 大きな怪我じゃないんですかね。どうですかー?」  ひょいと。彼女は私を抱え上げた。抵抗しようとしたけど、さっきの二の舞になって落ちるといやなので動きを止める。フーとうなるだけにした。フー。 「私は怖くないですよー。……痛った、くない。なんですかー」  足元を見る。柴犬がやんわりと少女の足首を噛んでいた。そりゃおまえさんいきなりそんなことしたらフーされるよと、その目は告げている。 「えー」 「……もう疲れたにゃ」  起こり疲れた。私は警戒するのもやめてぐてんとした。全力疾走したりちよに腹立てたりしたのですでに相当体力が削られているのだ。これ以上怒れない。というか眠い。 「あ、猫さん、猫士さんですね。どこか悪いんですかー?」 「右の前足が」 「それじゃあ歩くの大変ですよね。どこか行きたいところありますかー? 病院とかー」 「ええっと」  瞬間、脳裏をよぎったのはちよの言っていたコンサート。が、すぐにいらだちが戻ってきてぷいとそっぽを向いた。 「ん? 何かあるんですねー」  鋭い。なんだかそれくらい見過ごしそうだと思ったのに、少女は見過ごすことなくこちらを見つめた。 「良いんですよ。今日はひまですから。どこに連れて行けば良いんですかー?」 「暇ね……」 「そう、ひまなんですー。もう今日はお店が休みなんて知らなくてー」  おまえが忘れてただけだろう、と犬は見上げた。ただし私も少女も気づかない。 「それでどうしようかなって散歩してて。あ、でもですね。いいですよねぇ。マスタ達はデート中なんですよ。私も恋人を探さなくてはなりませんねー」 「なんで義務形?」耐えきれずにふよは聞いた。 「うーん。ほら、やっぱり乙女としては興味がありますよー?」 「なんで疑問形」 「ないのかなぁ……」  知らんがなとはいえず、私は沈黙した。少女はむーとうなる。 「まあでも。一人放り出されると、確かに退屈ね」私はなんとはなしにそう言っていた。「私は腹が立つけど。あなたは腹が立たないの?」 「腹がたつですかー? 全然ー。馬に蹴られてもたまらないですしー、さすがにデートのお供をするわけにもいきませんしー」 「そう……」 「それにほら、幸せはいいことですー」 「でも、除け者は問題だと思わない?」  ちょっとむっとして問いかける。すると少女は眉根を寄せて首を傾げた。 「うーん。除け者は問題かもしれません。でも除け者と考えた事はないですねー。お店は楽しいしー」 「そう。でも私だったらいやね。除け者は好きじゃない。私だけほっぽって楽しんでるなんてもう……」 「あなたの友達は何かしているんですかー?」 「そうよ。私を除け者にしてコンサートなんて……」  言いかけてはっとする。しまった、この見るからに好奇心旺盛な娘に言ったら。  顔を見る。少女はぱぁっと笑顔を浮かべた。 「コンサートですかー? 猫士さんのー? あ、噂に聞いたことがありますー。ああじゃあ是非見に行きましょー。お金はマスタにつければたぶん大丈夫ですー。ささっ」 「ちょ、私は」 「友達のでしょう? きっと見てもらいたいに決まってますよー」  ……冷水をかけられたみたいに、頭が冷えた。 「え?」 「コンサートかぁ。かわいいだろうなぁ」 「いえ、そうじゃなくて。今の」 「はい?」 「見てもらいたいに決まってるって……」 「だってコンサートですよ? いっぱい練習したんだと思います−。私も喫茶店で働き始めた時は仕事を覚えるのが大変でー」  あとはなんだか苦労話になってしまったけれど、私としては、それで充分だった。  ああそうだ。そうに決まってる。  見てもらいたくて、聞いてもらいたくて練習したんだ。  あんなにたくさんの猫士を集めたんだ。  ちよだけでなくて、うのやていまで黙っていたのはどうして?  どうして私だけが除け者だった?  どうして私だけに秘密だった?  ―――どうして、今日、ちよは私を誘った? 「………………、あ」  なんて、勘違い。  腹を立てるなんて。  あんなこと言っちゃうなんて。 「会場ってどこでしたっけー?」  歩き出してから迷う少女。私は慌てて口を開いた。  早くしないと、始まっちゃう―――! /*/  コンサートの開始まであと少し。  ステージの裏で、猫士達はそわそわとしていた。みんなタキシードを着込んでいて、楽器を持っていたり、発声練習しようとしたり、ネクタイ曲がっているーとささやいたり。とにかく落ち着かない。  いやまあ。僕たちが落ち着いた事なんてないけど。 「……来てない?」 「そんなに気になるなら、自分で確かめたらどうだ」  僕の問いかけに、うのは苦笑気味に返す。それから首を横に振った。やっぱり会場にふよは来ていないらしい。  ……怒らせてしまった。ああもう大失敗だ。本当はこんなつもりじゃなかったのに。  がっくりと肩を落としていると、わずかに体を押された。ていがからかうような目を向けてくる。 「今からそんなんじゃあ良いコンサートができないわよ?」 「にゃー……」 「まあ落ち込む気持ちもわかるけど」苦笑するてい。「慣れない事だったんだから仕方ないわよ」 「うー」 「時間だぞ」  ていが言う。みんなはすでに配置についている。  もうやるしかない。僕は頷いた。  みんなが並んで少しして、ステージを隠していた幕が左右にスライドしていった。正面に広がる、観客席。席はほとんど人で埋まっていて、じっとこちらに視線を注いでいる。二階席にも人がいた。  どくん、と心臓が鳴った。  どきどきしてくる。緊張で倒れそうだと思った。  そして気づいた。……正面の、一番奥のドアが少し開いたことに。  そこから入ってきたのは、見間違えようのない白い猫。  その瞬間。ぱっ、とステージが照らし出された。  さあ、始まりだ。  僕たちは演奏を始める事にする。  まず最初は、威風堂々から――。 /4  さて、その翌日の昼頃。いつもの公園。  草地にしばらく寝そべっていると、柔らかな日差しに照らされて背中がぽかぽかしてきた。草地は暖かなベッドみたいで、昼寝をするには最適だ。適度な風が吹き、新鮮な空気は心地よい。  騒がしさは遠く、かといって寂しいほどでもない。適度な賑やかさが公園を包んでいる。  その一角。日差しのよく当たるただの草地で、私も、ちよも、うのも、ていも一緒にごろんと寝そべった。  でも、隣のちよが全然寝息を立てないので、私も今日は寝ないことにした。  いや、正直なことを言えば、私だって寝られなかった。  目を瞑れば思い出す。昨日の演奏はまだ耳に残っている――。 「でもやっぱり、ずるいと思う」 「え?」  心の中だけでのつぶやきのつもりだったのに、いつの間にか口にしていたらしい。ちよはぴくりと耳を揺らすとこちらを見た。  その目は不安に揺れていた。 「その、やっぱり、怒って、……る?」  私はちよを見て、今度こそ呆れてため息をついた。にゃー。 「怒ってたら私は今頃ここにいないと思うなぁ……」 「ご、ごめん。今度から」 「その前に」私はちよの言葉を封じた。「なんで今回私に黙ってたの? ……本気で飽きっぽいからだとか考えていたなら、今度こそ怒るけど」 「ち、違うよ」  でしょうね。だって、私たちはみんな知っている。ちよは嘘が苦手だって。ちよだってそう認めるくらい苦手だって。  だから。あんな風にあたふたして説明された言い訳が真実だなんて思ってない。 「ほんとはさ。ふよが最近退屈みたいだったから……」 「そう?」 「うん。退屈で退屈で、ちょっと苛々してるみたいだった。いつもよりちょっと乱暴だったし。すぐ叩いたり」  ……そうかもしれない。 「だからさ、思ったんだ。たまにはふよをびっくりさせてみようって。そうすれば少しは楽しくなるんじゃないかって」 「だから黙ってた、と」 「うん。驚かせたくて」  まあ確かに。いきなりあんな風にコンサートに招かれたら、きっと驚いただろう。  けど。 「でもやっぱり、仲間はずれはあんまり嬉しくないなぁ。特に、あんな面白そうな事をするとなればね」  やっぱり自分が全面的に悪いなんていえないから、わざとそんな言葉になってしまう。  まあ本当に、仲間はずれが腹が立ったというのもあるけど。  でも、だからって、怒ったのは悪いと思ってるし。 「ま。今回の事は水に流すけど」  私はすこし笑う。こちらをまだ不安そうに見ているちよの額に、こつん、と額をぶつけた。  ちよの目が丸くなる。 「今度は私も一緒にやりたい」 「……うん!」  笑顔になるちよ。私も少し笑って、今度こそ昼寝をしようと目を瞑った。  そうすれば、昨日のあの演奏が聞こえてくる。  今度は私もあそこに加われると思うと、思わず笑みがこぼれてくる。  今日は良い夢が見られそう。そんなほのかな予感を抱いて、私はいつも通りの昼寝をする。  猫たちが草地で眠っている。  日向の暖かさに包まれて、すやすやと。  当たり前のその一幕を、日常と言った。 /おまけ  喫茶店いつか、本日は営業中です。  私がコーヒーを持っていくと、ボックス席を占領していた奥様が面を上げました。 「コーヒーになりますー」 「はい、ありがどう」  にこりと笑うと、松井いつかさんはペンを置きました。テーブルにおかれたコーヒーを取って、一口飲む。私はなんとなくマスタが聞き耳を立てている気がしました。 「美味しい」 「きっと喜びますー」  にこにこ笑いながらその場に立つ。ちょっと気になる物がある。 「……何か興味があるの?」 「えっと、その手紙は何かなって」  私の視線の先には一通の手紙があります。けれどそこには文字は書かれていなくて、イラストが描かれていました。 「昨日ですね、猫士達のコンサートを見に行ったんですよ」 「わぁ、デートですねー! 楽しかったですかー?」  ぱたぱた。尻尾が揺れる。いつかさんは少し顔を赤くしつつ頷きました。 「良かったですねー」 「ありがとう」 「そのイラストはじゃあ、コンサートの?」 「はい。そのときの様子です。送ったら喜ぶかなぁって」  私はそのイラストを見ました。明るいステージに並んだ猫士達が楽器を演奏している、そんな光景。  ……きっと、あの子の友達なんだろうなぁと思うと、なんだか嬉しくなってきました。 「興味ある?」 「はい!」  実はとっても気になります。だってあのときは、結局、入る前に松井夫婦を見つけてしまって、こりゃ邪魔できないですよと帰ってきたのですから。あの猫士だけは、帰りは友達に送ってもらえるからと言われたのであそこに置いてきたけれど。  わくわくしているのが伝わったんだと思います。いつかさんはこくこくと頷きました。 「じゃあ、そこに座って。あ、その前に好きな物を注文してね。土産話がたくさんあるから」 「わぁー」  それは是非聞きたい。私はいそいそと戻って、いつの間にかケーキとコーヒーを用意していた総一郎さんにお礼を言いつつ、また席に戻っていきました。そして私は気づかなかったけれど、総一郎さんは静かに席を立って、店のドアに札をかけました。準備中。 「コンサート、どうでした?」私はすぐさま聞きました。 「猫達がとっても可愛かったんですよ。演奏に合わせて尻尾が揺れて……」  ――聞きながら、少し思いました。  ほら、除け者なんかじゃない。不満に思う事なんて何も無いって。  だから――。  私は、この日常が、大好きです。