/*周知の贈り物*/  今ならお皿割っても蹴りが飛ぶようなことはないんだろうなぁ。  なんて。  そんなことを考えつつ、黙々と皿を洗う雷鋼。勿論そんな恐ろしい事は想像の中でしかやらない。身内は敵よりも怖し、あるいは母は偉大。じゃぶじゃぶ。 「なんか良からぬこと考えてない?」 「えー」  隣で同じく皿洗いをしていた翠蓮が妙に胡乱げな眼差しを向けてくる。  雷鋼はまっすぐ受け止めようとして、失敗した。目をそらす。半眼になる翠蓮。 「あー。言い訳なんだけど。なんていうかさ」 「うん?」 「恥ずかしくない?」 「何が?」  きょとんとしている翠蓮。わからないかなぁーと雷鋼は内心でうなり、そっと後ろを振り返った。  後方数メートル先。居間では二人の両親ことアララと鋼一郎がなにやら話している。アララは珍しく顔まで真っ赤にしているけれど、たぶん、お酒のせいだけじゃない。鋼一郎も妙に楽しそうな表情をしている。  距離近いよ。と思う。いやいつもだけど。  なんだか恥ずかしくなって雷鋼は皿洗いに意識を戻すことにした。 「なんで顔が赤いの?」 「なんでもない」 「ふぅん。……普通だと思うけど」 「わかって言ってるだろ全部!」  にこーと笑う翠蓮。雷鋼は自分の居場所を探す旅に出るべきかかなり真剣に悩んだ。  諦める。たぶんすっごい心配させたあげくに連れ返される。  力尽くで。 「でも幸せそうだよねぇー」 「あー。うん。そうだね」 「私も結婚しようっと」  父さんが全滅させるんじゃないかな、と思ったけれど、気にしないことにした。というかうちの家族みんな翠蓮には甘いんだよなぁ。絶対こっちがそんなこと言っても誰も気にしないし。  いや、なんかそうでも無い気がしてきた。というか恋人できたとか言った次の瞬間に質問攻めにあう気がする。アララと翠蓮に。  怖いなぁ。 「なんで青ざめてるの?」 「……いや、なんでもない」 「風邪じゃないよね」 「だから何でもない」 「どう思う」  足下に目を向ける翠蓮。猫のアントニオは眠たそうにあくびをして、少し離れた。水がはねないところで丸くなり、尻尾だけを振って見せる。青春はもっと甘酸っぱく苦い物だぞ、坊や、などとは言わない。 「さて。洗い物も終わったけど」  最後にふきんで器をふくと、雷鋼は翠蓮をみた。翠蓮はこくと頷く。真剣な表情。 「よっし。これから本番だからね」  胸の前で握り拳を作る。なにか燃えていた。 「けど、本当にばれてないのかなぁ」首をかしげる雷鋼。 「ばれてるかもしれないけど。きっと喜んでくれるよ」翠蓮はわくわくしながら言った。 「うん。それは疑ってない」 「だよね」 「じゃあ」 「持ってくるね」 「こっちも」  片付けも終わり。二人はそそくさと、自室に向かって行く。  アントニオだけが、それをみていた。 /*/  一方その頃。 「あれ、いつの間にか二人ともいなくなってるわね」  ふと気づいたアララが周りを見回した。片付けをしていた翠蓮も雷鋼もいなくなっている。  片付けはやるから二人とも休んでて、と言った子供達に後片付けを全部投げてしまったけれど。案外早く終わったようだった。  一方で鋼一郎は、また気を遣わせたかなぁと少し考えた。まあ雷鋼は単純に恥ずかしかったんだろう、と思う。気持ちはわかる。  やっぱり悪いことしたか? いやまあいいか。がんばれ息子。 「早寝する方でしたっけ?」 「最近は結構遅くまで起きてたわね。部屋の明かりは消えてたけど」 「なるほど」  頷く鋼一郎。アララはにこにこ笑ったまま、なんとなく寄りかかった。鋼一郎の肩にこてん、と頭を乗せる。 「ア、」  鋼一郎は反射的に言葉を返そうとした。  が、口を閉ざすと。黙って頭に手を伸ばした。  なでると言うよりも、髪を軽く梳くようにそっと動かす。  くすくすと笑うアララ。彼女は悪戯っぽく目を輝かせると、首を伸ばして頬にキス。  鋼一郎は顔を赤くした。 /*/ 「……で、どうする?」 「馬鹿、今話しかけないで! いいところなんだから」 「……えー」  物陰。  雷鋼と翠蓮は、ドアの隙間からこっそりと居間をのぞき込んだまま、身動きがとれなくなっていた。 「でさ。いつ出て行くの?」 「もうちょっと」 「……終わるの?」 「ううん。悩ましいかも」  腕組みまでして真剣に悩まなくとも。雷鋼はのんびりと言った。 「まあ、行ってみればどうにかなるんじゃない?」 「あ。そうかも」 「じゃあ」 「行くよ?」  ドアを開く。驚く夫婦が目を向ける。 「「ハッピーバースデー」」  そして、二人が取り出した物は…………。