No title /*/                                               入院患者病棟がざわざわと慌しくなり、医師たちが怒号を放っている。 それは、緊急事態であることを表し、発せられている言葉は理不尽に対する純粋な怒りである。 そしてその怒りの原因は、患者の病変ではなく、一本の連絡から来たものであった。 看護士たちは命令と連絡との板ばさみになり、ほとんど身動きが取れなくなっている。 しかし、この連絡は医師たちにとっても絶対的な"命令"であった。 だが、それでも医師たちはその連絡どおりにするのには抵抗があった。 現在の医学ではどうすることも出来ない毒に犯された患者を運び出せという連絡に。  指示を出したのは、帝國最高権力の一つ「宰相府」。 指示された時間が迫り来る中で、医師たちはついに諦め、搬送のための処置を行い始めた。 /*/                                               空が広く感じられ陽の光がまぶしく、愛鳴之藩国はいつになく青空が広がっていた。 どこか開けた場所でゆっくりと日向ぼっこでもしたくなる陽気の中を日向は歩いていた。 活気や喧騒といったものは変わっていないのだが、肌に感じる空気が目まぐるしく変わっている。 旅行社から連絡を受けて、ここまでまたやってきたのだが、何かとここを珍しく感じていた。 同じような景色の中、前とは違った匂いの中に、覚えている匂いを感じることがあり、匂いの差が日向の中の懐かしさをかきたてていた。時間の流れの早さが生み出す状景に、ここまで関心することはあまりなかった。 「こんにちはですわ。本日はようこそお越しくださいました。」 「おお。何か久しぶりに来たような気がするな。懐かしいなあ。」  ふっと視界に飛び込んできた懐かしい顔に、また懐かしさを感じた。 その懐かしさの隣に、この街と同じように見慣れない女の子が立っていた。 談笑のままの流れで、榊に少女の事を聞いてみる。 「そこのお嬢さんは?」 「はい、同じ藩国の友人で山吹弓美さんです。」 「あ、遊ちゃんの友人の山吹です。多分大昔に一度だけ会ったかと。」  そう言えば、昔に見合いに借り出されたことがあった。 あの時の空気を思い出してみると、確かに山吹と同じ匂いがあった。 元気そうでなによりとお互いに挨拶すると、街の活気に似つかわしくないものが目に付いた。 山吹によると連れ合いであるベルカインという人物が見当たらないとのことらしい。 そして、どういう事か止まっている救急車の中から山吹に感じる匂いと同じような匂いを感じる。 自分の勘に間違いはないはずだが、とりあえず山吹を驚かせないように忠告する。                                              「あー。あれじゃないか?」  日向の言葉で救急車に駆け寄った榊と山吹が外から中を覗き込んでいる。 どうやら、目的の人であったらしいが、山吹が窓越しで叫びかけている。 二人について覗いた先にいた男の顔色は、救急で運び込まれたにしては土色をしすぎていた。 榊によると”元気になっていた”らしいが、思わず死んでいるんじゃないかと呟いてしまうほどに、精気が抜け、ここにいること自体が危ないのではと疑うほどであった。 声をかけて体を揺さぶってみるが、体温・意識状態ともに非常に危ない状態とうかがえる。 「すみません。こちらの男性はどうなされたのですか?」  榊がそう聞くと、救急隊員は少し困惑した表情で事実を述べた。 「それが、命令でここへどうやってでも連れてこいと。」 「って、どなたの命令ですか?」  悲鳴を上げていた山吹がその言葉に我に返り、救急隊員を問い詰めている。 「宰相府です。」 「・・・・・・厳密にどなたからの指示かとかは分かりますか?」 「えーと、誕生日実行委員会です。」                                               あまりに聞き覚えのない組織の名前に、泣いていた山吹の声が一瞬呆ける。 さらに、この状態がずっと続いていることが告げられ、山吹を追い詰める。 ここまでの流れをずっと観察して、どうやら周りの認識と事実の差異は間違いないではないことが確認された。 「うわーん。どうしようどうしよう、ええと病院で見てもらって分かりますか、この状態っ?!」 「毒のようです。」 「・・・。いつから?」 「ずっと・・・前からですが?」  救急隊員が嘘を言っている匂いはしていない。 榊が病院に行くかどうか判断を聞いてくるが、病院から来たものを送っても意味はない。 ここまで榊たちの認識が違ってくると、時間犯罪の匂いを感じる。 「・・・・・・俺は調べても?」  とりあえず、救急隊員と山吹に許可を取ってから、ベルカインの様子を調べて行く。 匂いからは、病気から来るものや毒性のものを感じられない。 ふみこが使うような魔法のような感じはあるが、どうもピンとは来ない。 山吹と榊から得られた情報から、時間犯罪がターン13の地下迷宮かその辺りからくるものだと断定できた。 「・・・・・・と、解毒は無理、なんでしょうね。出来るなら治してますでしょうし。」 「今の科学力では無理です。」  ほどなくして原因も分かった。 「んー。呪いだな。こりゃ。」  呪いと聞いて二人の顔色が変わった。 確かに、普通は呪いを解くことなど難しい。 しかし、日向は普通ではない。師は学問の祖で、友はそれに連なるものである。 二人に後ろを向くように指示をする。 山吹は素直に、榊は少し不安げに見ながらも指示に従った。 息を吐くと、両手に輩を呼ぶ。 それ以降は企業秘密だ。 二人にOKを出すと、見る間によくなっているベルカインに山吹が抱きついた。 もう大丈夫であることも添えて、抱き合っている二人を見やる。 「やれやれ。ちなみに誕生日って誰のだ?」  ここに救急車をやったのが誕生日委員会なら、自分以外に誕生日のものがいるのだろうと二人に聞いてみる。 「・・・今日は遊ちゃんの、じゃなかったけ?私のはこの前だったし。」 「私ですよ?4月の29日が誕生日だったんです。・・・色々あって会自体は遅れていますが。」  なるほど。呼び出したのも榊だった。 「そりゃおめでとさん。あー。そうだな。何か祝いを。」  そういって、珍しく福引で当たったメダルがあったのを思い出し、差し出す。 榊にとっては散々な誕生日の祝いだったろうが、人の命は助かってよかった。 今回の報酬として、チーズケーキとカステラをもらい、今日はいい日である。  榊がかざしたメダルは、名前以上に綺麗だった。