『教訓:職業4の選択は慎重に』 になし藩国、政庁城前。 時刻は10時少し前。人はまばらではあるものの、朝食を終えて、散歩を楽しむ人々を何人か見かけるようになった朝の風景。 そんな爽やかな日差しの中に、異彩を放つ二人組の男がいた。 「フーン!」 「ハーッ!」 二人組に共通している特徴は、その屈強な肉体だ。 もとから一対になるように作られたかのような、美しい筋肉。 一人でもその鍛え上げられた鉄壁の鎧の力強さは十二分に伝わってくるものの、二人が並ぶことで効果は倍の倍で4倍。 アイドレス風にいえば評価+7シフトくらいの効果を叩き出すほどの筋肉具合だった。 「フゥーン!」 「ハァーッ!」 二人が微妙にポーズを変える。 ダンディな髭を生やした、理知的なほうの男が斜め上45度の方向を向き、拳を耳のあたりまで持ち上げて上腕二頭筋へ一気に負荷をかける。 ボディビルでいうところの、ダブルバイセップス・フロントである。 これはボディビル規定7ポーズのうちのひとつであり、腕から上体にかけて、前面から見えるすべての筋肉を見せる世間一般にもよく知られている(本当か?)有名なポーズである。 対して、はてない国人のように赤茶けた髪を持つ男は左手で右手の手首をつかみ、身体を横に向けて胸筋を強調するように力を込めた。 ボディビルでいうところの、サイドチェストである。 これまたボディビル規定7ポーズのうちのひとつで、胸の厚み、腕の太さ、脚のふとさ、さらに体の厚みなどを強調することができるポーズである。 興味のある人はいろいろ調べてみると楽しいかもしれない。 特に「ボディビル ポージング」などの単語で画像検索すると、それはもう恐ろしいことになるので、ちょうオススメである。 それはそれとして、まるでシンクロナイズドスイミングの代表選手を見ているように、息の合った完璧なポージング。 それも当然、二人は実の兄弟だった。 兄の名をセイ・エイジャ、弟の名をファイ・エイジャという。 ニューワールドにおいては、二人揃ってエイジャ兄弟と呼ばれていた。 「フゥゥゥゥゥーン!!!」 「ハァァァァァーッ!!!」 自らに喝を入れるように、大きく声を張り上げる二人。 またもやポーズが微妙に変わる。 さきほど二人の特徴として筋肉を挙げたが、それにはひとつの理由がある。 それは、二人を見たその瞬間に、まっさきに飛び込んでくるものが筋肉だけだからだ。 二人の男は、服を着ていなかった。 いや、正確にいえばエプロンを一枚身につけていることはいるが、そんなもので兄弟の肉体のすべてを覆い隠すことなどまったくできず、それはもうギリギリのチラリズム(爆)を演出していた。 それは、いわゆる世の男性の夢である(断言してもいいが事実だ)裸エプロンというやつであり、ごく一部の特殊な趣味を持った女性を除けば目を背けたくなる光景だった。 常識的に考えれば公衆の面前に出られるはずのない格好であり、二人組でポージングをかます変質者としか言いようがなかった。 道行く人々は一瞬、我が目をうたがい、それが事実だと認めざるを得ない段階にいたって目をそらしたり、興味深そうに凝視する子供に向かって母親が「しっ、みちゃダメっ」とか言いそうな状態と言える。 しかし、ことになし藩国では状況が違った。 通りを歩く人々のほとんどは、ああ、今日もやってるなと微笑ましげに兄弟を見ている。 なかには親しげに挨拶をする者までいた。 「おはようございます、御兄弟!」 「おお!」 「おはようだ!」 輝くような汗を流しながら挨拶を返す変態、もとい兄弟。 それほど暑いわけでもないのに多量の汗をかいているのは、もちろん全力でポージングに取り組んでいるからだ。 国民たちが兄弟を通報しない理由。それは着用アイドレスの知識が低くてバカだからとか、そういうがっかりな理由ではない。 それはひとえに、兄弟のことをよく知っているからだ。 エイジャ兄弟。 彼らの言動や行動や服飾センスはどう見てもバカであるものの、それ以上に二人は騎士だった。 公平、勇敢、誠実なる騎士の中の騎士。 誰もが尊敬せずにはいられない漢の中の漢。(以下、より正確な記述を行うため、男ではなく漢、と書く) 弱きを守り、強きを挫く二人の姿をアイドレスシーズン1の頃から見続けてきた国民たちにとって、兄弟はただの変な二人組ではなかった。 騎士団に勤める者にとっては憧れの対象であり、子供たちにとっては一緒に遊んでくれる楽しいお兄さんたちだった。 それゆえ、二人が政庁城の前でポージングをしていたところで、この国ではなんの問題もない。まったくもって普段の通り、当たり前の朝の風景だった。 「しかし遅いな、弟よ」 「ああ、もうそろそろのはずだぜ兄者」 さきほどまでと比べて、80%くらいにまでポージングに入れる気合いを落とし(それでもかなり暑苦しいが)会話を始める二人。 「たしか待ち合わせは10時だったはずなのだが」 「なにか理由があって遅れているのかもな」 うーむ、と考え込みながらポージングする兄弟。 時刻はすでに11時をまわっていたが、二人の漢はまったく気づいていなかった。 /*/ 一ヶ月後 /*/ になし藩国、政庁城前。 時刻は10時少し前。人はまばらではあるものの、朝食を終えて、散歩を楽しむ人々を何人か見かけるようになった朝の風景。 そんな爽やかな日差しの中に、異彩を放つ二人組の男がいた。 「フーンッ!!」 「ハーッッ!!」 エイジャ兄弟は今日もポーズをとっていた。 今日も、というのは一ヶ月前からまったく休むことなく、という意味である。 彼らはもともと、暇つぶしのためにポージングを始めていた。 人との待ち合わせに10分ほどはやくついてしまったため、その間だけというつもりだったのだ。 しかし、キノウツン旅行社から送られてきた書類には間違った記述があり、二人はそれを信じて一ヶ月も前から待っていたのだった。 「なぁ、兄者」 「どうした、弟よ」 「もうずいぶん待っているような気がするんだが、いったいどれくらい時間がたったんだ?」 「なにを言っているのだ弟よ。時計を見ろ、まだ10分ほどしかたっていないぞ」 政庁城前に設置された大時計に目を向ける二人。 時刻はちょうど10時。二人がポージングを開始した9時50分から比べればたしかに10分の経過となる。 ちなみに、より正確にいえば一ヶ月+10分の経過だった。 「おお、本当だ! もう一ヶ月くらいたったような気がしていたぜ!」 「なんと! 私もまったく同じことを考えていたぞ、弟よ!」 まったく、気があうな、ハッハッハ!と二人がバカな会話を繰り広げているところに一人の女性がやってきた。 「こんにちはーご兄弟!」 「おお!」 「こんにちはだぜ!」 いい笑顔でポージングを決める二人に声をかけたのは、はてない国人の特徴である赤い髪を長く伸ばした、元気な女性。 になし藩国の技族、瑠璃であった。 今日は生活ゲーム初日。 どうにかこうにか33マイルを稼いだ瑠璃は、ひさびさに兄弟との再会をはたしたのだった。 「ひさしぶりだな」 「元気だったか」 「はい。ご兄弟もお元気そうで、なによりです!」 瑠璃は元気にそう答えた。 兄弟に負けず劣らず、いい笑顔だった。 「お二人に食べてもらおうと思って、おみやげを持ってきたんですよ。どうぞー」 忘れないうちに、と瑠璃が取り出したのは米で作ったハンバーガー、ライスバーガーだった。 米を主食とするになし藩国で、オタポンの影響を受けて広まったハンバーガー。 それを、いっそ豊富にある米で作ってしまえばいいじゃないか、という考え方から生まれた一品だった。 「おお、これはうまそうだな!」 「ちょうど空腹だったところだ!」 一ヶ月も飲まず食わずでいれば空腹なのは当たり前だった。 「「いただきます!!」」 二人は律儀に手を合わせてそう言い、ひとくちで食べた。 ライスバーガーは一瞬で兄弟の胃の中におさまった。 時間にして一秒を切る早ワザだった。 「さ、さすがです……! 美味しかったですか?」 「おお!」 「とてもうまかった!」 それはもう素晴らしくうまそうに言った兄弟を見て、瑠璃はうれしそうに笑った。 一ヶ月ぶりの食事ならなにを食べてもうまいのは当たり前だったが、瑠璃にはそれを知る術はなかった。 「ところで、今日は?」 「あ、はい。 今日はちょっと国の様子を見てみたいなと思いまして」 「なるほど。護衛だな!」 「はい! お二人についてきていただけると、心強いです!」 になし藩国は、帝国のほとんどの国がそうであるように、決して裕福な国ではなかった。 宰相府や涼州藩国のような大国と比べれば、多くないリソースをやりくりしてなんとかやってきている国である。 なにか事件があれば、一気に国が傾いてしまってもおかしくはない。 オタポンやエイジャ兄弟、アイアンガールなどの有力なACEが逗留しているものの、なにがあってもおかしくないニューワールドだ。 危険があればすぐに察知できるよう、こうして国の様子を知ることができる数少ない機会は有効に活用していた。 「して、まずはどこへ?」 「はい。とりあえずは新市街へ行ってみようかと」 「わかったぜ」 そうして三人は一路、新市街へと歩きだした。 /*/ 「いいお天気ですねー」 「うむ、そうだな」 「気持ちのいい青空だ」 その日は涼しい風が吹いていて、すごしやすい陽気だった。 東国でいうところの春のような雰囲気だ。 思わず見上げたくなるほどに広くて綺麗な青空と、暖かな日差しを浴びての散歩はとても気分がいいものだった。 そんな穏やかな風景の中、ひどく不釣り合いなジェットエンジンの轟音が鳴り響いた。 はるか上空を見上げれば、黒い点のようなものが白い飛行機雲を引きながら飛翔している。 遠すぎて瑠璃にはよく見えなかったが、すさまじい速度で飛んでいることだけはわかった。 「どこかのI=Dでしょうか?」 「いや、あの形と速度は」 「蒼龍だな」 「形って、見えるんですか!?」 瑠璃の視力は決して悪くない。 そもそも、第七世界人はみずからの分身としてPCをエディットすることができる。 わざわざ身体能力の劣った個体を作る必要はなく、なんらかの理由(メガネ萌えだから視力落とすとか)がない限り、健常なボディを持っているのが通例だった。 その瑠璃がいくら目をこらしても、空を飛ぶ影はゴマ粒のように小さくて形までは判別できない。 兄弟の視力は異常としか言いようがなかった。 「鍛えているからな!」 「視力は筋力だぜ!」 意味もなくポージング。 こともなげに言ってのける二人。バカ二人。 一般的な感性を持っていれば、ここはもちろん突っ込みを入れるところで…… 「す、すごいです! そんけーです! さすがご兄弟!」 ……あるのだが、残念ながら近くにはボケしかいなかった。不幸な話だ。 「飛行機と言えば。昔は空を飛んだこともあったな」 「ああ。あったな兄者」 さも当然のことのように語り出す二人。バカ二人。 かつて宇宙での戦いがあった際、兄弟は宇宙空間に金魚鉢をかぶっただけで適応していた。 二人はもしや、その時のことを言っているのだろうか。 宇宙へ向かう際に舞空術ヨロシクな感じで大気圏離脱したのだろうか。 ハリアーも真っ青というか、もしかしてバカなのではないだろうか。 「すごいですね!」 なんも考えずに褒める瑠璃。 もしやはてない国人には知識パラメータを下げる副作用でもあるのだろうか。 もしくはどこぞの缶王のようにおバカなロールプレイ必須なのだろうか。 「私なんてギャグ畑を着てもたいしたことできなくて。高いところから落ちても平気なくらいなんですよー」 えへへ、と笑いながら瑠璃は言った。 それだけでも十分に驚異的な能力だと思われるが、本当に残念なことに、ここにはボケしかいなかった。 ちなみにT16はぽちの騎士を着用している瑠璃だったが、今日は兄弟に合わせてみようとギャグ畑を着てきたのだった。 もしかすると、ボケキャラ化したのはそのせいかもしれない。 「なぁに、男なら!きっと飛べるさ!なぁ兄者!」 「ああ、そうだな弟よ!」 ニカッと白い歯を輝かせつつ、女を相手にしてそんなことを言い出した二人。バカ二人。 まったく悪気はなさそうなところが兄弟らしいといえば、そうなのかもしれなかった。 「そうですね!なんかできそうな気がしてきました!」 ぐっと拳を握りしめ、うれしそうにいう瑠璃(♀) ある意味で似合いの組み合わせかもしれなかったが、もうはやく病院が来いと言いたくなる光景だった。 /*/ そんなバカな会話を繰り広げつつ、三人は新市街へと到着した。 街は活力に満ちていて、多くの人が行き交っていた。 「よかったー。けっこう賑わっているみたいで、安心しました」 「おぉ、そうだな」 「うむ。だいたいは、以前からこのような様子だ」 兄弟は嬉しそうにポージングした。 瑠璃も、ぺかーと輝くような笑顔を返す。 念のためにと、すこし歩きまわってみる。 ショーウインドウを見て歩く女性、その荷物持ちの男性。 値引き交渉をする客に、一歩も引くものかと張り合う店員。 のんびりと散歩する老夫婦。 風船をくばるきぐるみと、それを受け取る子供たち。 珍しく外出しているのか、テラスでハンバーガーを食べているオタポン。 テーブルに肘をつきながら、ノートパソコンをいじっている。 その脇にひっそりとたたずむメード、ではなくアイアンガール。 ぴくりともしない彼女だったが、子供たちが「デメちゃん今日も目がでっけーなー!」とからかい、走り去っていく。 即座に追いかけ始めるアイアンガール。 あっさり捕捉され、頭をはたかれる子供たち。 威力がありすぎて何人かは地面に埋まるほどのダメージを受けていたが、ギャグ畑の着用者で助かったようだった。 「特に問題はなさそうですね」 「ああ。平和なものだ」 「もしなにか起こるとしたら、せいぜい食い逃げくらいのもんだぜ」 ファイが言ったその直後。 まるで計ったかのようなタイミングで悲鳴が響いた。 「く、食い逃げだー!!」 三人が揃って目をやると、飲食店らしき場所から逃げていく人物が一人。 それを追いかけようとした店員とおぼしき男が、店先でつんのめってひっくり返った。 そうしているうちにも、食い逃げ犯はどんどん逃げていく。 その様子を見て、二人の漢の瞳が熱く燃え上がった。 「食い逃げだとう!」 「なんという悪逆非道! 捕まえるぞ弟よ!」 「おお!!」 エイジャ兄弟は髪を逆立て燃えながら剣鈴の中の風車を回転させた。 二人同時に口を開く。 「エネルギィィィ!チャージ!」 風車の回転と共に左右の剣鈴が冷気と熱気を同時に放出し始める。 「偉大なる黒にして黒の王!漢の中の漢! 貫く棒のごとき者たる兄貴に誓う!黒にして兄弟たる我は道を貫くと!!」 「チェェェェンジ! MATSURIモード!」 莫大な汗と湯気とともに二人の大男が全身に渾身の力を入れた。 エプロンが内側から破れかける。 二人は二回りも大きくなると同時に走り始めた。同時に飛ぶ。 「完成せよ! 第一段階絶技! 爆速突撃!」 二人は燃え上がって大加速した。 エプロンの最後のひとかけらが燃え上がる。 もはや完全に人間を超越した速度で犯人にせまる二人。バカ二人。 「ギャアアアアアアアアアアア!!!!!」 兄弟の絶技が、犯人に向かって炸裂した。 /*/ 兄弟絶技の直撃を受けた犯人は、通常であれば粉みじんになって粉砕されていてもおかしくはなかったが、ギャグ畑を着用していたために無事だった。ギャグは偉大だ。 そして最終段階絶技、漢盛りまで突入しなかったことも不幸中の幸いだった。 あれが発動していれば、国中の男という男がひどい目にあっていたかもしれないのだ。 その後、犯人を警察へと引き渡し、三人は夕日を浴びながら、帰り道をゆっくりと歩いていた。 ちなみにちぎれ飛んだエプロンではさすがに出歩けないため、都合よく近くにあった洋服店で、なぜか兄弟はパンツだけ購入した。 瑠璃はネクタイをプレゼントしたい衝動に駆られたが、さすがに自重した。 「すごかったですねー。 まさかお二人の活躍をあんな間近で見られるなんて、思ってもみませんでした!」 「騎士として、当然の務め」 「当たり前のことをしたまでだぜ」 誇らしげにポージングする二人。 瑠璃はなんとなく、二人のポージングに気持ちが現れていることがわかってきた。 「はいっ! それでえっと、すごく今更かもなのですが」 「「?」」 「これからも、末永くよろしくお願いします!」 90度近くまで腰を曲げ、綺麗にお辞儀をしつつ瑠璃は手を差し出した。 これが彼女の精一杯だった。 「おお!」 「こちらこそだぜ!」 ガシッと熱く握り返す二人。 夕日に赤く照らされたその握手は、力強い友情が感じられた。 「は、はい!」 顔を上げた瑠璃の頬が赤く見えたのは、夕日のせいだけではないように思えた。 その日、瑠璃は藩国チャットでログを公開しつつ、二人に握手してもらったことを嬉しそうに話すのだった。