/*/ 「嫌いね。役に立たないから」 「自分は大好きです!役に立ちませんから」 お話を始めましょう。まったくなんの役にも立たないお話を。 /*/ 昔々あるところに愚か者がおりました。 愚か者は、会いたい人がいました。 みんなからなんて愚かなやつだと言われても、諦めませんでした。 だから愚か者は、道行く人に訪ねて歩きました。 「ねえねえ、そこのかっこいいお兄さん」 そう棒読みで話しかけられたお兄さんはちょっといぶかしんだ表情をしながら愚か者を見ました。 「どうしました?」 首をかしげたお兄さんに、愚か者は衝撃の一言を放ちました。 「ねえねえ、クーリンガンさんってどこで会えるかしりませんか?」 その名前を聞くと、お兄さんは後ろも見ずに逃げだしました。 やれやれ。 愚か者はまた歩き出しました。 /*/ ばこん ある村に入ると、いきなり石を投げつけられました。 こぶし大の大きな石でした。 「痛いなあ」 痛いなあですんだのには訳があります。 愚か者はいつもバケツを頭にかぶっているのです。 なんでかはわかりません。 きっと本人もわかってないはずです。 「何をなさるんで?」 石を投げた人のほうを不思議そうに見ます。 「ク、クーリンガンに会いたいなんてやつはどっかいっちまえ!」 がつん また、石が投げられました。 別のところから投げられました。 「痛いなあ」 今度の痛いなあはちょっと意味が違いました。 頭はバケツで守れるけど、心はバケツでは守れないのです。 ぐるりと見回せば、村人たちが愚かものを囲んでいました。 「わかりました。それではみなさんごきげんよう」 愚かものはスタスタと村を出て行きました。 /*/ キノウツン旅行社 と書かれている会社の前に愚か者はきました。 「あのークーリンガンさんに会いたいんですけど」 あまり学習しないのか、遠まわしに言わない主義なのか、用件をずばりといいました。 「はい?」 流石は百戦錬磨のキノウツン旅行社の受付のお姉さんです。笑顔を崩したりはしません。 いたずら電話にも負けず、セクハラ課長を軽くかわし、無理難題をさらりと解決するスーパーレディなのです。 「クーリンガンさんです。全国嫌われ者ランキングナンバーワンの」 自分の会いたい人をこれだけこき下ろす人もなかなかいません。 「本気なんですね?」 目を覗きこもうとするお姉さん。バケツ越しに二人の視線が絡み合います。 「もちろん」 愚か者は視線をそらしません(バケツ越しですが) 「わかりました。すべてはお客様のために」 受付のお姉さんは、業務を隣の新人さんに引き継ぐと腕まくりをして奥へと消えていきました。 「ふふふ、久しぶりの大仕事だわ!」 /*/ 愚か者は砂漠にぼけっと突っ立っていました。 目を血走らせたお姉さんは、この場所を書いたぼろぼろの地図を書くと魂がぬけたように呆けてしまいました。 「ああ、気にしないでください。いつものことなんで」 新人の女の子はそう言うと、お姉さんを座らせてお疲れ様ですと出て行きました。 今日は合コンなのです。 さて砂漠。 誰もいません。 時折思い出したように風が砂を舞いあげます。 時間が止まっていないことがわかるのは、その風と砂が動く時だけでした。 愚か者はおもむろにバケツをはずすと、砂の上に転がしました なんとなく。 バケツをかぶっているのが大変に失礼な気がしたのです。 久しぶりに直接触れる太陽の光は、じりじりと肌を焼きました。 東国人らしい黒い髪、少年のようにも少女のようにも見える顔立ち。目は茫洋としていてつかみどころがありません。 突然ゆらりと目の前が揺れました。 「おや?」 カゲロウ?蜃気楼?それとも貧血?いえいえ違います。 人影が目の前に現れたのです。クーリンガンさんでした。 クーリンガンさんは、白いサマーセーターを着た、たぶん男の人です。 くねっとした動きで流し目アイシャドウ。 妖しく咲いた夏の夜の花のような男の人でした。 「なにか、御用で?」 そのクーリンガンさんは、少々不思議顔で首をかしげました。 「ご用件をもうしますと、失礼ですが、あなたにきょうみがあるのです」 やっぱり愚か者はまっすぐ、素直に伝えました。 「なるほど、そちらなら、わかります。他のどんな理由よりも…知りたいからやる。当然のこと」 なるほど合点がいったというように、クーリンガンさんはうなずきました。 「知識欲はおそろしいですね」 愚か者の答えに、クーリンガンさんは皮肉そうに笑いました。 「善悪など、なんの関係もありません。私は死人ゆえに」 クーリンガンさんは少しさびしそうに見えました。なんだか孤独そうに見えました。 「では、あなたは笑いますか?笑顔で笑う事がありますか?」 愚か者はなんだか切なくなってきて、そう聞きました。 「あなたが笑うのであれば、なにかそういう事があるのではありませんか?善悪はなくとも、良し悪しはあるでしょう。自分には違いがわかりません」 「さあ。昔はよく笑っていたけれど、今はね」 ふっとクーリンガンさんは右を見ました。 つられて愚か者も右を見ました。 愚か者には何も見えませんでした。 だからきっと見えているものが違うのだろうと思い、気にしないことにしました。 「うーん、では今度、あなたをわらかしてみましょうか」 愚か者はそういうと、うんうん唸りだしました。 何か面白いことを考えようとしているみたいです。 バケツを拾いあげました。 一発芸をやるつもりのようですが、かぶるという選択肢はもう使ってしまっているので苦労しています。 クーリンガンさんは、手をひょっと動かすと、砂漠から骸骨を浮かび上がらせました。 衣服はぼろぼろになっています。きっとここで行き倒れてしまったのでしょう。 骸骨は滑稽な踊りをはじめました。 動きは面白いのですが、どこか上辺だけで、逆に虚しさが強調されるような複雑なものでした。 「滑稽ですが、楽しいですか?」 愚か者はやっぱり正直に聞きました。 「いいえ」 クーリンガンさんは無表情です。 「ではやめたほうがいいのではありませんか。つまらないというよりは、複雑な気分です」 そう言われてクーリンガンさんは笑うと、骨をばらばらに砕きました。 骨は風に乗って遠くへ。 「消えてしまいましたよ」 「そうしましたから」 二人はしばし並んで、風に吹かれていく粉々の骨を見届けました。 「風は何でも運んで行きますね。海まで届けばいい…絵本を書きましょう。骸骨の話しです」 唐突に言う愚か者に、クーリンガンさんは風に吹かれながら興味がないと断りました。 「なにも。どんな話にも、興味はない。万巻書も、アレキサンドリアの図書館も、私を楽しませることはない」 クーリンガンさんは、また遠くの空を見つめました。空の先の何かを見ているようにも、何も見ていないようにも見えました。 「読書家じゃあないですか。本が好きなんですか?」 お話を作るのも、聞くのも好きな愚か者は、顔を輝かせて尋ねました。 「嫌いね。役に立たないから」 何の役にもたたないから。お話は嫌い。 「自分は大好きです!役に立ちませんから」 いや、何の役にもたたないから。お話が好き。 愚か者はむきになって必死に答えました。 クーリンガンさんは何かを懐かしむように、少し笑いました。 愚か者には、今までの作り笑いとは違う、本物の笑顔に見えました。 そして、ふっと、クーリンガンさんは距離をとりました。 「なにか?」 愚か者も首を傾げると、すこし距離をとりました。 そうする必要があると思ったので距離をとりました。 「殺すのをやめただけ。さようなら愚か者さん」 「光栄です。ありがとうございました。素敵なひと。この愚か者に、できればまたあってやってください」 クーリンガンさんは少しほほ笑むと、それは無理ね。といいました。 そして 「それでもどうしても戦いたいなら、戦場へ。そこであいましょう」 そう言い残すと、またゆらりと景色がゆがんで。クーリンガンさんは消えました。 一人残された愚か者はしばらくぼーっとして、今日の会話を思い出していました。 そして、何かを決意すると、家路へとつきました。 続く /*/ 「ねえ、ママ。この絵本なあに?」 幼い女の子が、読み終わった本を片手に母親に尋ねました。 「あら、それ。懐かしいわね」 母親はしゃがんで子供と自然に目線を合わせました。 「その本はね、ママのお客様が書かれた絵本なのよ。お礼にっていただいたのよ。サオリはお話好き?」 「うん!大好き!」 サオリと呼ばれた女の子は、輝くような笑顔で言いました。 「役に立たないかもしれないわよ」 母親はいたずらっぽく言いました。サオリはうーんと悩みだしました。 「役に立つとか分からないけど…好き!」 「うん、私も好きよ」 そういうと、いとおしそうにわが子を抱きしめました。 その時、しおりが一枚はらりと落ちました。 しおりには手書きでこう書いてありました。 「旅行社のおねえさまへ 谷坂少年より」 /*/