一人じゃない世界で /*/                                               湖のほとりの村には砂よけの天蓋が敷かれ、人々はどうにか砂から逃れようとしていた。 そこはるしにゃん王国。今ではその面影はないが昔のるしにゃん王国は砂漠に覆われかけていた。  その村のほとりに一機のRBが佇んでいた。 太陽の名前を冠したそのRBが、その主を帰還を待って、静かに佇んでいる。  村人が太陽号を見上げると、心なしか不安げな様子だと感じた。  太陽号の主が村の診療所の中に自分の大切な人を運び込んで二時間弱が経とうとしていた。 /*/  砂よけがなされた診療所の中は、少しだけ空気が澄んでいた。 強い日差しから守られているせいか、もしくは「砂」から守られているせいか。 ベッドに横になっているベルカインの顔色も外にいる時より大分よくなっている。 ベルカインはたびたび咳き込みながらも徐々にその息づかいを規則正しくしていっている。  山吹弓美はベルカインの手を握りながら、その横顔を見てログアウトまでの時間を待った。 先ほどまでは盛大に照れあっていたのだが、お互いひとしきり照れた後、山吹弓美が水を取りに行ってる間にベルカインは寝息を立てていた。 起こさないように注意を払いながら、そっとコップをサイドボードに置き、椅子に腰掛け、手を握る。 まだほんのり頬の辺りが赤い気がするのは、気のせいだろうか・・・?  事は約一時間前にさかのぼる。 /*/                                               ベルカインは不意に抱きしめられた感覚に目を覚ました。 瞼は思ったよりも重く、ゆっくりと目を開こうとするが存外に時間がかかった。 その目に一番に映ったのはいつも気づくと傍にいた山吹の顔だった。 おそらく自分の事で心配そうにしている彼女に、心配させないと出来るだけ優しく微笑んだ。 「どうかしましたか?」  その一言に山吹はやきもきする。 自分が好きな人は、自分を省みなさ過ぎる。 自分で出来ること以上のことをたった一人でやろうとする。 そのことに気づかない人じゃないと分かってるからこそ、語尾が強くなりそうになるのを堪えるために一息ついて、優しく答える。 「どうかしたか、じゃないです。何で自分一人で頑張ろうとするんですかー。」  ベルカインは思う。 もう王子ではなく、たった一人であることを。 でも、この世界には仲間がたくさんいる。 みんな、一人でなく、頑張っていることを。 だから思う。 こんな世界を守りたい。 「ここには仲間がたくさんいます。・・・一人じゃないです。みんな、がんばっている。」  自分のいた世界を思い出しながら、本当に思う。 「いい世界だ。」  だから、この世界のためにできることをしたい。 それは山吹も同じ思いで、そのためにできることをずっと、一人で考えてたこともあった。 だから、分かる。 「立って動いて働くだけが頑張る、じゃないです。私はそのくらいしか出来ないけれど・・・。   ・・・貴方だったら、頭を働かせることだってできると思います。」  頭を振るベルカイン。 頭を働かせても、動く人がいない。 ・・・それは、もう自分が違う世界の人間だから。 「・・・・・・僕はもう、王子じゃない。・・・自分で動くしかない。」  悲壮な決意。 でもそれは、この世界に住む人間ならば、誰もが抱く決意。 それは山吹もそうだったかもしれない。けど、それは違うと今は言える。 山吹は優しく固く縛られた糸を解くように、優しく話す。 「王子様じゃなくっても、頭を働かせて頑張っている人だっています。」 「自分の言葉が誰かに力を与えると信じて頑張っている人だっています。」  ベルカインはじっと山吹を見つめる。 「自分が出来ることをきちんとするのが、頑張るってことだと思うんです。  頭の回る人が計画を考えて、言葉に力のある人が指示をして、力のある人が動く。  それがきちんとかみ合ってるから、きっとこの世界はいい世界なんだと思います。」  だから強いんだ。ベルカインはそう思った。 だからすばらしいんだ。心からそう思った。 だから、この人は強く優しいんだ。  「きゃっ・・・・・・え? え?」  ふいに笑ったと思ったベルカインに抱きしめられた。 こんな力が残ってたのかと思いながらも、驚きで動けなかった。  ありがとう 自分にだけ聞こえるように、優しくささやかれた。 そのことにひどく動揺して、よく分からない顔になってるのを自覚する。  そういうところも可愛らしいなと自然に笑みがこぼれる。 「会えてよかった。」 「・・・・・・過去形じゃなくて、現在形で言ってください。」  今度は山吹の方からベルカインを優しく抱きしめた。 けど、ベルカインは返事の代わりに、もうすぐ彼女が現れてから一時間が経つことを考えた。 「もう、一時間ですよ。」  それがベルカインの失敗だった。 「今日は頑張って、二時間、居られるんですよ。」  ああ、今日は。この人には勝てない日だなと、心の中で呟いた。 /*/  喉が渇いたのは半分本当で、半分嘘だった。 顔が赤くなってるのを早く隠したかったのと、外で待ってる騎士の鎧に無事である事を知らせたかった。 おそらく太陽号はまだ外で、弓美が弓美の世界に戻るのを確認するまで外で待ち続けているだろう。 主人の心配ごとが解決した事を、太陽号にも知らせなければ、鎧も不安だろうと。 上半身だけをベッドの上で起こして、窓に向かって手を振った。 /*/  太陽号は佇んでいた。 ほんの少しだけ、風が吹いた。  村の人が太陽号を見た時には、心なしか笑っている気がした。