はじめまして、これからよろしく /*/                                               宰相府にオールドをレストアに出し帰路につくまでの間、何度かメモを開いて頭を掻いていた。 流石に青に家に訪れたときはやらなかったが、アシタと別れてからはそれにかかりっきりだ。 すっかり秋が充満している空気を大きく吸い、かすかに冬の匂いを感じながらつぶやく。 「名前気に入ってくれるだろうか・・・」  誰に向けた言葉なのか。 高原はクーラーボックスを揺らしながら、メモに並んだ文字に目を落とす。 メモ帳のそのページには、三つの名前と消された一つの名前があった。 鋼児、東吾、智志   &s(){明日} /*/  そうやってメモとにらめっこしているうちに、我が家が見える距離まで来た。 何かを考えながら歩くと、意外に時間や疲れを感じないものである。 家までの距離がもう少しだけ長ければなぁ、とぼんやり考えながら背を伸ばして歩き出す。 丘を上がってオールドのいた場所が空いている家の前で、メモをしまいつつ荷物を確認する。 「(そう言えば、三人目が出来たんだから改築しないと家の中も手狭になってくるよなぁ。)」  ドアノブをひねり、玄関に入った所で今日の疲れが少しばかり出てきた。 流石に共和国から宰相府までは長い道のりである、ドアを閉めるとアララが笑顔で待っていた。 クーラーボックスを下ろすと、そのままの勢いで抱きしめるのとただいまを同時にする。 ぎゅっとされたアララは高原の腕の中でおかえりなさいと夫を迎えた。 オールドのことを報告した後、アララからのキスと同時に来た質問に少し頭を掻いた。 「さ、名前は考えた?」 「何個かは。前も思ったけど難しいね。」  家の中に入ってすぐ、リビングに置かれているベビーベッドに釘付けになっている影が見えた。 翠蓮がベッドの中で横になっている息子をずっとあきもせずににこやかに見ている。 その後ろでは、大きい息子が翠蓮の後ろで上から覗く様に弟の姿を眺めていた。 「ただいま、翠蓮。」 「おかえり。目、開いたよ。」 「そっかー。」  ベッドの反対側に回り込んで幼い息子の顔を覗くと、小さな顔に小さな緑色の瞳が二つ見えた。 おそらく緑色は葉緑素なのだろうと思った。アララの血を濃く受け継いでいる証拠でもある。 反対側にいる大きな息子は弟の目を見ながら、自分のことを思い返しているように見ている。 「魔法使えるといいな。お前。」 「ただいま、雷。」  雷鋼の反応にどうしたもんかなぁと少し思いながら、リビングの広い所で荷物を降ろした。 荷物を片付けていると目の端に、はーとくらふとの包装紙が映った。 それと一緒に他に二つの包みをバックから取り出して、はーとくらふとの包装紙をアララに渡す。 残りの二つのうち、一つは自分のポケットにしまいつつ。 「あ、これ買ってきた。」 「ありがとう。」 「いや、便利になったね。二人のときはこういうの売ってる店がなかったし。」  中身は手製の布オムツだが、乳児用品としてはかなりいいものになる。 ベビーブームがあったおかげで、藩国内にもそれなりの数の乳幼児品店はあるが、やはり生地のいい布で自分の手で作ったものに勝るものはない。 荷物の中にはもう一つ包装紙が入っている。こちらはsilvervineで買った新鮮なシマアジだ。 「アントニオにはほい。この間の報酬だ。」  以前、出産前の検診で女医のサーラ先生が忙殺されていたため、死の精霊が取り付いていたのをアントニオが追い払ったことがあり、このシマアジはその時の報酬である。 アントニオは差し出されたシマアジを頷いて咥えるとそのままスタスタとどこかへ歩いていった。 高原はバッグを押入れにしまい、ベビーベッドの息子を見た後、おずおずとメモを取り出した。 アララ、雷鋼はその様子に注目し、翠蓮は幼い息子の手を取りながら、父親を見ている。 「さて、名前だな。つけてあげなきゃ。」  開きすぎてページの真ん中が押しつぶされたメモ帳の1ページを開く。 家族みんなの期待の眼差しを受けて、頭を掻きながら考えた名前を読み上げる。 「えーと、とりあえず候補が3つあるんだけど。」 「はい。」 「1番目が鋼児。まあ、雷と同じで名前一文字取った。」  アララは穏やかに笑って「うんうん。」と頷きながら、幼い息子の顔を見る。 よっぽど気に入ったのか、声には出してないが口では「鋼児」と何度も呼んでいるようだ。 「2番目が東吾。昔世話になった人の名前。」  翠蓮はその名前を聞いて弟の顔を見た。 何となく優しい子になりそうだなと思ったのか、優しい弟を心で見ているように微笑んだ。 「3番目が智志。これも世話になってる人から拝借。」                                               サトルという伝説の人の名前から取った名前には雷鋼が反応した。 自分も強くなりたいが弟にも強くあって欲しい、そういう思いがあるのか強い眼差しで弟を見た。 「どれがいいと思う?」  メモ帳にはもう一つ「明日」という名前があったが、横線で消されていることは秘密である。 三人の様子から票が割れることは決定的な気がしたが、それでも聞かなければならない…。 「1番。」 「2番。」 「3番。」  案の定、同時に出た意見はばらばらで、思わず「ですよねー」と口が滑ってしまった。 アララは叱るような口調で他の子どもたちに「お父さんの名前を付けないと。」と言っているが、二人の子どもはあまり賛同していないようだ。 「うーん。」 「サトルさんって、見てみたい。」 「いやまあ、あの人忙しいし。」  二人にとっても初めての弟で考えることもあるのだろうかまだ渋っている。 「1番で。」  しかし、アララがここまで頑なに推すのも珍しい。 「めっ」のポーズで薦めている母親に観念したのか、翠蓮と雷鋼はお互いに見合って、 「うーん。じゃあ、お礼に行くなら賛成。」 「・・・いつか会ってみたいな。うん。いいよ。」                                               と、押される形でアララの意見に決定した。 二人の子どもに向かって「よしよし」と微笑むと、ベッドに寝ている一番下の息子に声を掛けた。 「あなたは鋼児。高原鋼児よ。」  緑色の双眸で母親を見ている鋼児がにぱっと笑う。 母親に名づけをしてもらったのが、やっぱり嬉しいようだった。 高原も鋼児の頭を一撫ででして、握手のように指を差し出した。 「はい、じゃあお前の名前は鋼児だ。はじめまして、これからよろしく。」  鋼児は差し出された指を母乳の時間と思ったのか、がじがじと噛み付いた。 どうやら歯がもう生えているらしい、隣では「あらあら」とアララが笑っている。 噛み付きが緩むまで好きにさせて、ゆっくりと指を口の中から抜き出した。 「早いなー、もう歯が生えてる。」 「うん。おっぱいあげるときも、痛くて。食いしん坊になるかしら。」 「どうだろうね。」  口が物寂しくなったのか鋼児は少し顔をしかめたが、すぐにまたにぱっと笑っている。 笑った時の顔は翠蓮によく似ている。母親の血がやはり濃いようだ。 後ろで覗きこんでる二人の方に向き直って笑いかける。 「二人とも弟のこと、頼むぞ。」 「うん。」 「剣教える。」 「そうだ。それでいい。お前たちが教えてもらったことを鋼児にも教えてあげなさい。」  二人の頼もしい返事を聞いて、思わず笑みがこぼれる。 二人はきっといい兄と姉になる、翠蓮が入れ込み過ぎないといいけどと思いながら。 「ただし、無理やりはダメだぞ?」 「・・・?」 「うん。」  雷鋼は言葉の意図がいまいち理解できていないようだ。 翠蓮は鋼児を抱き上げながら、頭から出ている葉っぱをちぎって手入れしている。 「興味をもったら教える、でいいのさ。」  強制ではなく、自分から。 思ったとおりに育ってくれないのは分かっている、だからこれくらいでいいのである。 そう言えば、かばんの中からもう一つ取り出したものがポケットに収まったままである。 「あ、アララ。」 「はい?」  ポケットからきらきら光るものを出して、アララの胸元にそれを飾る。 銀色のそれは七宝焼きの銀ブローチだった。 「遅くなったけど、結婚記念日のお祝い。」  綺麗に焼かれたブローチは家の中の光を一身に受けて輝いている。 その光に誘われるように翠蓮と雷鋼、それに翠蓮の腕の中の鋼児もアララのブローチを見た。 そして、アララの目の前には高原がその顔を見つめている。 「幸せをくれて、ありがとう。」  アララはブローチが隠れるのも厭わずに、高原に抱きついた。 「ありがとう・・・。」  しばらく言葉にならない時間が続き、アララがもう一度ささやく。 しかし、そのささやきはキスに阻まれ、子どもたちには聞こえなかった。 鋼児、翠蓮、雷鋼、二人の結婚で出来た、二人の幸せの証が微笑みながら二人を祝福した。