何ともコメントのしづらい手紙を受け取ったのは、先週のことだった。  罠か勧誘かと、いくばくかの時間考えた後、これで行く奴は馬鹿だろうと思い、とりあえず行くことにした。  どうみても矛盾しているが、本人としては至って正気である。  時間つぶしの本を片手に、妹候補とやらを見に行くのだ。 /*/ 『格好良くて頭もよくて運動もできて、でも女性にはあんまり興味ないけど、妹がいたら大切にしてくれそう』  な、理想なお兄ちゃんを探すことにした。  まるで確実に特定できるような激しい指定なのだが、まあそれはそれとして、お兄ちゃんを探すのである。  多少の障害にへこたれるほど、自分の兄ラブは弱くはなかった。  旅行社に提出書類を、それはもう、今までにないぐらいの丁寧さで書ききると、ゆり花はにっこりと笑った。 「よしこい!」  とても雄々しい叫びだった。 /*/ 兄さんができた日 /*/  安全な場所を旅行社に指定したら、ここになった。  ここは、キノウツンである。  日々仲間から噂に聞くとおり、物々しい武者が闊歩していた。  辺りを見回す。きっと遅れるような人ではない。はず、だ。 (…いたー!)  そう思ったとたん、見つけた。  10m先に、文庫本を読んでいる眼鏡の人がいる。  ゆり花は近寄ってみた。  心の中では「第一声が大事! 第一印象! ふぁーすといんぷれっしょん!」とぐるぐるである。 「あの…こんにちは」 「……こんにちは。あんまり、女性が来る場所じゃないな。ここは」  もっとも無難だろう挨拶をすると、すこしの沈黙の後に答えがかえった。  安全な場所…らしいんだけどなあ、とは思ったが、「誰にとっての」安全な場所かは指定していなかったのでなんともはや、である。  たとえ自分にとって危険であっても大丈夫に違いない。と、根拠なく結論づけて、話しかける。 「なんだか物ものしいですね…。すみません、突然声をおかけして」 「それ故の平和さ。僕は……君の兄になる、千葉昇」  ぶふっ。内心吹いた。  激しく動揺している。  え、それ? まずそれなの?  旅行社! ここの旅行社! 説明しなさい!  更にぐるぐる大慌てである。  旅行社としては、事前のアンケートどおり正直にお呼びしているだけである、と主張するだろう。たぶん。 「は、初めまして」 「気にしないでいい。あまりにもむちゃくちゃな話だったから、逆に引き受けたんだ」  そっけなく言うと、昇は文庫をカバーを外して、ゴミ箱に捨てた。 「あ、ありがとうございます」 (むちゃく…えー)  ゆり花は真っ赤だ。  恥ずかしいのか嬉しいのか、ちょっと頭が整理がつかなかったりした。  ぱたぱたと顔を手のひらで仰ぎつつ、感じた疑問を聞いてみる。 「あれ、捨てちゃうんですか。ていうか、なんて話聞いたんですか?」 「兄になってくれそうなのを捜している、と」  非常に率直に伝わっている。しにたい。  ふたたびどこかの旅行社に恨みを念で送りつつ、話の続きを待つ。 「理由は、言わないでいい。考える楽しみが減る。それと」  一息。 「読み終わったら、本は捨てるようにしている。持ち物は少ない方がいい」 「私は本をため込んでしまうたちなので…いらなくなったら私にください。私が読みます!」 「今度からそうしよう」  昇は歩き出した。  こちらを気にしないような様子だったが、ゆり花は何も言うことなくついていく。  ついていくのが当然だった。  後ろを歩いていくと、淡い、いい匂いがする。 (うーん…人工の香りじゃあない気がする、けど、断言できない…)  コロンとかではない。なんだろう? 「君の名前は?」 「私はゆり花です。名乗るのすら忘れてました。すみません」  歩きつつの問いに答える。 (なんだろうなあ)  やっぱりなんの匂いなのか分からず、周囲を見回した。  ごく普通(らしい)キノウツンの風景である。  今においがするような、繊細なものなど、残念ながら近くにはなかった。他の場所にはあるかもしれないが。 「ううん。ゆり花?それとも、ゆり花さん?」  呼び捨て、さん付け、どちらも捨てがたい。  ちょっと考える。  その一方で、においは昇からしているかな、と見当をつけた。  てくてくと着いて歩いていく。  道は商店街らしき場所へと続いている。  ところどころに、カラフルな看板が見えた。 「お好きに」  結論。昇の呼びたい方。  にこりと笑う。 「ゆり花」 「はい!」  うれしそうに頷く。  そわそわしながら、問い返した。 「私はなんてお呼びすればいいですか?」  さらっとスルーされた。 「ゆり花は、好きなものは何?」 「好きな物ですか?うーん。お兄ちゃん?これから好きになるんですけど」 「あいにくだが、僕はあまり、人から好かれない」 「私が好きになりますから、大丈夫です」  自己主張! アピール!  気分は面接である。 「がんこと言われることは?」 「たまに…?」  基本的に女の子は頑固です。(ある一面において)  と言っても通じないだろうから、割愛。 「演技はうまいと」 「なんで演技だと思うのですか?」  ちょっとむくれた。  相変わらず昇は歩き続けている。  どこが目的地だろう、と少し考えてみて止めた。土地勘がないと何も分からない。 「たまに、頑固だと言われているから。僕から言えば、毎日言われていても、おかしくない。だからまあ、演技がうまいのかなと、思った」 「まあ、下手より上手い方がいいかなあとは思いますが。でも、今演技する必要はないですからー」 「そこは疑ってない。名前を名乗るのを忘れるぐらいだからね」  あー。  自己紹介よりも兄!兄!になっていた自分を思い出して静かに凹んだ。  あれだ。舞い上がっていたのだ。だって目の前に兄さんがいれば舞い上がるだろううん。  もっとスマートに知的に自己紹介する予定が! がーん。  …という思考を一瞬で行う間に、昇から追撃があった。 「個人的には、妹には、そういうのがいいと思っていた。手のかかる方が、かわいい。たぶん」 (えーわーえーっと!わーん!)  上げて下げて突き上げる、みたいな状態にぐらぐら揺れる。  これがリアル兄さんですかそうですか。  そして、スルーされた質問をしてもいいかしら、と心の中で気合。 「?」 「そしてなんてお呼びすればいいのでしょう!」  勢いこんで突撃。  目的地についた昇は、花屋で花を買っていた。 「兄さんで」 「はい、兄さん!」  即答に即答で答える。  昇は少し微笑んだ。が、目をそらした。 (むー)  なぜそこで目をそらす。  …と微妙な気分になった。 「そうだ」  花を渡された。半分。  白くて多少大降りの花。  百合である。 「?? なんでしょう??」 「深い意味はない。プレゼント」 「あ、ありがとうございます」 「理由は、自分の食卓に飾るのが半分」 「えへへ。うれしいです。花は好きです!」  なんというか、プレゼントは単純にうれしい。  自然と、花に顔を近づける格好になる。  あと、食卓に飾るって、おしゃれだなあと、ちらりと思った。  生花を飾るなんて、マメである。 「花粉、つくといけないから、顔は近づけないように。ゆり花は、そういうミスしそうだ」 「うっ。そんなことしません!」  慌てて花から顔を離すと、昇は微笑んでいた。  昇は半分の花をもって、再びゆっくり歩きはじめている。  そっか、お花屋さんが近かったのか。  ゆり花はやっと納得がいった。 「次会いに来る時は、私もなにか持ってきます! 何がすきですか?」 「好きなものはないかな。嫌いなものは多い。なんでも嫌いだ。なんだかよく分からないものは、嫌いじゃない」 「えー。でも、花は?」 「嫌いだな。すぐ枯れるから。でも造花は、もっと嫌いだ」  だから、食卓に生花なのか。  ちょっと納得した。 「がんばって育てれば枯れませんよ。植木なら!」 「持ち歩けないものは持ちたくない」  ああ言えばこう言う。を地で行く人である。  独特の価値観というべきか。  これからの対策を考えつつ会話を続けていると、昇は唐突に立ち止まった。 「その格好で狭いところに入れるかい」  立ち止まったゆり花を見下ろして、聞かれた。  きょとんとする。 「え、はい、小柄ですから」  ひとつ頷くと、昇はビルとビルの合間を歩き出した。  本当に隙間だった。目測で、自分がやっと通れるぐらい。  うわあ、と思いながら、花を大事にかばいながらついていった。 (って、どこに行くんだろう) /*/ (ビルを抜けたら、崖でした)  と脳内でナレーションをする程度には、驚いた。 (ってえー!)  本当に崖だった。  町外れというか、区画が違うようだ。  崖下にもビルが見える。 「わ」  フェンスもない場所だった。  ちょうど時刻は夕方になり、遠くに綺麗な夕日が見える。  眼下のビル・夕日・となりに昇。 (なにこのシチュエーション!) 「すごーい! 夕日きれいです!」 「……」  ちらりと見ると、昇は微かに満足げだった。 「まあ、これは嫌いじゃないな」  にっこりして昇さんの顔をみます 「私は好きです! ありがとう」 「お金のかからない妹だ。僕は嬉しい」 「兄さんがいればいいです」  駄目押しににこりと笑いかける。  昇は微笑みかえしてくれた。 「帰る。服を汚したね。帰りがてら、服を新しく買ってあげる」  花を一生懸命かばっているのに気づかれていたようだった。  うわあ、うわあ、とあたふたする。 「いいですよ! 洗えば平気なのにー。それとも甘えていいところ?」 「好きに」 「じゃあ、今回は甘えちゃいます! 兄さんができた記念に!」 「はいはい」  まだまだ一緒にいられると分かり、ゆり花は満面の笑みをこぼした。 /*/  ふむ、とひとつ頷いた。  妹である。  なにせ妹である。  妹は幸せでなければならない。 「…よし」  本人の目の前には、山のような紙束があった。  それが何なのかは、昇以外には、まだ分からない。 /*/  きゃあきゃあきゃあ!  ゆり花の脳内を擬音化すると、そんな感じであった。  兄さんである。  兄さんなのである。  いっしょにいてくれたりするのである。  きっとがんばればもにょもにょ… 「がんばる!」  握りこぶしひとつ天に突き上げ、やっぱり雄々しく気合を入れた。  勝負はこれからなのだ。  強敵よね、と感想を言われたのは、その翌日だった。 /*/