「お兄様は結婚とかしないの?」 /Select your character!/ 気管に何か入ってはいけないようなものが入り込んで、咳き込む。 おのれ幸せのアップルパイ。処理が単純すぎやしないか。もっとこう、乱数的なアレの結果として結婚を意識させるがいい。 でもこれだけ処理が直球なのも、ぽち王女らしいのかもしれない。 会話を続けつつそんな事を考えたその時、セントラル越前の脳裏に、不意に数値が浮かんだ。 二十三戦二十一敗二分。 ある意味リアルなこのデータ。何の数値かお分かりだろうか。 分かりやすく言えば、セントラル越前愛の記憶である。 ぽち相手の記録でないのは、まぁ、明らかだろう。 せめて一度でも負けていれば、負けることが出来ていれば、今、このようなことになってはいるまい。 そう、越前は一つ嘘をついた。 縁談は、あった。山のように、とは言わないが。 仮にも一国の王である。そこかしこから、声が掛かることもあったのだ。 うちの娘を嫁に貰ってくれないか。妹がいい年齢でして。あの国に、未亡人がおられる。 そんな声たちの中での二十一の負けは、単純な理由だった。 『とりあえずこういう場くらい顎のカバー外してから出直してください』の一言に切れる越前、頭を下げる黒崎。 帰宅後、顎カバーの無い写真を合成で用意して相手に渡した黒崎が怒られ、ならさっさと相手くらい見つけてくださいよの一言で泥仕合。 (カバー以外にも合成した部分全部あわせると、美形度四割り増しだった事に関しては、何故か、とても不思議なことに、越前から言及されなかった) 台本のあるコントなんじゃないのかと側近が微妙な顔をするくらいには、毎度同じ展開だった。 きっと次があっても同じ展開なんだろうなぁ、と諦めの目線が政庁に蔓延しているのは、まぁ、彼の誇りのために目をつぶろう。 残りの引き分け二つについては、まぁ、事情が複雑だった。 一つ目は、流石の越前にとっても、6歳の少女はきつい所があったのだった。 (ちなみに越前の顎カバーはその子には大好評で、向こうは非常に乗り気だったので、これは一勝でもいいのかもしれない) 決め台詞の「十年後に御待ちしていますよ、お嬢さん」には、本当に十年後に来たらどうするんだこいつ、と各所から突込みが入ったものの。 とりあえず、一番まともに終わった見合いがこれである。 もう一つは、多少ドラマチックだ。 親の命で、望まぬ婚約をさせられそうになっている、美貌の少女。 彼女には、幼い頃から将来を約束した仲の幼馴染が居た。 指切りを交えた、子供の約束だ。 大人になって思えば、たいしたことはない、戯れのようなもの。 それを信じる少女が一人や二人いた所で、社会の波は、そして政治の波はかき消すのが通例だろう。 そうしてこの少女は大人しく越前と結婚し、もしかすれば二人の間に子供を二、三人作り、暮らして。 子供が一人立ちするまで老いてから、あんなこともあったなぁ、と思い出して、ほろ苦く複雑な笑みを浮かべたのかもしれない。 だが、それを我慢しきれない大人が出てくるのが、ゲームの中の出来事、という奴である。 アイドレスイズリアル。そうなのかもしれないが、ゲームなのだ。このアイドレスは。 越前は一人のゲーマーであり、Fallout3よりはまだガンパレの方が好きだった。 決してガンオケでも、殴って、餌を与えてNPCを調教したりはしなかったし、絢爛舞踏にもなった。 それだけの理由である。彼が、電子妖精の力を借りたのは。 詳細な結果はここに書くまでもあるまい。これはゲームであり、越前はイベントをクリアした。それだけだ。 「縁談の話は今のところ無い、ですね。私の知らない所で来ては返されているのかも。実際はどうだか」 目の前の可愛らしい少女に何故嘘をついたのか、越前は自分でもよくわからなかった。 可愛らしい、の所で首を傾げた者のPCには電子妖精でクラックかけようと思いながら、考える。 自分は目の前の少女の事を、どのような対象として、愛しているのだろうか。 守りたい、と思っているのは確かだ。けれど、その先はどうなのだろう。 この少女の、たった一人の相手になりたいのか。 王女を見守り助けるうちの、一人になれればいいのか。 果たして自分は、何になりたいのか。 その答が出ないうちは、きっとこのまま、負けか引き分けの数字が増えていくのだろう。 「まあ、来ても基本、受けるつもりはないんですけどね」 「私が、選んであげようか?」 次の言葉だけは、間髪要れずに口から出た。 「んー……いえ。今はご遠慮申し上げておきます」 不思議そうな顔をするぽちを相手に、越前の口からはすらすらと言葉が出てくる。 「今は、国も、世界も、姫も、帝國も、国民も、大切なものが多すぎて。恥ずかしながら私の手に余ります」 この言葉が建前なのかどうなのか。 判断するのは、これから先の自分の行動を見た、他のプレイヤーなのだろう。 【セントラル越前は、国、世界、姫、帝國、国民全てを守ろうと戦った、一人のプレイヤーである】 【セントラル越前は、一人の女を守るために剣を取った、一人のプレイヤーである】 どちらの評価が、残るのか。橙のオーマでもない自分には、分かるはずもない。 「ちぇー」 もしも後者だとしても、目の前で口を尖らせているこの少女が、帝國を守りたいと望むのなら。 まぁ、結果的には帝國も守ることになるのだろうけれど。 とりあえず今は、目の前の少女の機嫌をとることに注力しようと。 越前は、コントローラーを握ってゲームを始めた。 Select your character!