会って何を話そうとか、色々考えるのだけれども。  結局、本当に会ってみると、ドキドキするしグルグルするし、話したいことの半分も出てこない。  リストアップしてみたり暗記してみたり、対策は取れども本番には役に立つかどうか、といった具合。  でもそれが、恋なのだな。  乃亜は、己が藩国へと移動する間に、ちらりとそんな事を考えた。  それは、本当に【ちらりと】であり、一瞬なのだ。  ――いちばんの関心事は、やはり、今から会うハリーのことなのだから。  時間をかけて準備した手荷物を抱きしめ、乃亜は出発する。 /*/ 越えて行く今日の歌 /*/  ナニワアームズは、場所によって照度が極端に違う。  日の当たるところと、当たらないところ。  どこの国もそれは当たり前のことなのだが、この国では、何せ主な居住区が地下部分なのだ。  人が居る場所の選択肢が、他の国よりも幅広い以上、やっぱり違いは極端なのである。 (――ということで、ここは地下なわけなのだが)  薄暗いところだ。  太陽の光の恩恵がないため、多少湿気も多い気がする。  水源がちゃんとある証拠だから、よいと言えばよい事なのだけれど。  それに、全く見えない…というわけではないので、太陽の光がどこからか入っているのか、光源があるのだろう。  人の住む場所である以上、未開の地ではない――そんな雰囲気がする。  それが、この国の現状なのであった。 (えーと)  きょろきょろと辺りを見回す。  事前に連絡した場所で、ハリーは少し離れて立っていた。  ぱっと顔を輝かせ、乃亜はハリーの方へ向かった。 「壮健か? 会いたかった」  万感の想いに、ハリーはうなずいた。 「自分もだ」 「久しぶりすぎて、どうして良いか、すこし困惑している。でも、話がしたいとずっと思っていた」  ハリーは困った顔をした。  泣いているような顔。  実際に泣きそうなのか違うのか、そういう見分けがつくようになったのは、いつからだろうか。  思いつつも、今は本当に困っているのだと分かる。 「あー。うん。自分も、だ。すまない。余り話さないので、不器用になっている」  元々が、感情表現が不器用なタイプの人だ。  自身が自覚してそう言うのなら、困惑するほど、よほど不器用になっているのだろう。 「歩かないか? こちらの状況が見たい。すまないがいろいろ教えてくれるとありがたい」  とりあえず、思いついたことから。  話題がないよりはある方がいいし、何よりも、状況確認は自然なことだ。うん。  そう思い、乃亜が提案すると、ハリーはうなずいた。  ――と思ったら。 (は、はやい!)  ハリーは長い足を活用して、すたすたと歩いてしまっていた。  目測、10m。  一緒に歩こう、と叫ぶよりも、ついていく方が早い。  乃亜は遅れないようについていった。  道中、周りをちらちらと見ていると、多くの人の姿が目に入る。  大人に子ども、色々な民が働いていた。 (歩いても感じるが、やはり)  ひんやりとしている。  流石、地下。 「地上は暑いが、こちらは気温が安定している」  ハリーは言った。  過ごしやすい感じで、むしろ冷たいくらいだった。  曰く、だいたい8度ぐらい、らしい。  冬の午前中ぐらいか、と頭の中で考えていると、ハリーが頷いた。 「お陰で、体を動かすのも、問題ナシ、だ」 「仕事は足りていそうだろうか?」 「たいていは」  たいてい、なら状況はよい方か。  ここで嘘を言っても仕方が無いし、事実なのだろう。 (たいてい、じゃない人の事を後で話し合って、後は) 「きつい仕事とかが多かったりするだろうか…?」  一呼吸の沈黙。頷く。 「他国と比べれば」 「そうだな…」  それでも、働いてる国民は明るい様子だった。  本当に辛いときは、余裕が無いときは、こんなものじゃないだろう。  労働環境以外は、すこしずつよくなっている。  全てに納得はいかないものの、こうして落ち着いた状況で、ハリーと民について話せるのは、よかった。 /*/  さて、その国民だが、乃亜にとっては、奇妙に感じる歌を歌っている。  にょろー。にょろー。へびはーすねーくー  歌に合わせて腕を振るう職人たち。  にょろー(にょろー)  しかもハモっている。  ハリーは真顔でその歌を聴いていた。 (…まがお…)  真顔というより、動じていない。  なんとも言いがたい思いになる。  なかなかに独創的な歌詞だが、蛇ということは―― 「あれは蛇神様の歌…か? 流行っているのだろうか」 「よく聞く。もとは、言葉遊びのようだが」 「仕事の歌とは、そういうものやもな。 呼気を合わせるのによさそうだ。慕われているのだなあ」  乃亜はすこし、笑った。  蛇神様は、その御力もだが、何よりも人柄(蛇柄か神柄というのか)がとても慕わしい。 「まあ、別の歌でなくてよかった」  ハリーは歩き出した。  なんだか、すこし目をそらしていた気がする。 「別の歌?」 「明るい方はどうだろう?」 「行く」  即答。  ハリーはうなずいたような気がした。  一緒に歩く。 「別の歌とはなんだ?」  歩きながら更に問うと、僅かに沈黙がかえった。  ハリーにとっては、まさか、自分の歌だとも言えるわけが無い。  が、乃亜にとっては知るよしもなく。 「……あまり、褒められた物ではない」  事実のみを言うとそうなる。  というよりも、それ以上は言いたくない。  ハリーの内心を知ってか知らずか、「褒められない」という単語に反応する乃亜。 「そちらのほうが問題だ。内容は?」 「……あんまり問題ではないと思う」  ハリー、早足。  褒められたものではないけど、問題はない内容。 (……危険じゃないけど、でもお下品なのか?)  ……。  なにか微妙にずれた気がする。  きっと、自分は聞かない方がよいのだろう、うん。 「そうか。ハリーさんが問題ではないと判断するなら、大丈夫だろう」  そう結論づけて、歩くことに専念した。  ハリーもほっとしたようにか、ひとつ頷いていた。 /*/  目が慣れるように、と時間を置いてから見た。  しっかりと見上げたその場所は、今まで歩いてきたどこよりも、光が暖かく感じた。  なんというか、光に色がついている気がするのだ。 「?」  頭の上に疑問符を乗せる。  その間に、ハリーは何故か、少し離れた。 「中々、こうして見上げる光は綺麗だろう?」  小さな樹まで生えている。  上から光の帯が見える。あれが採光穴だろう。  いくつもの光の差す場所の下に、いくつもの植物。  空がさえぎられていると、光が帯になると、改めて実感した。  雲の隙間ならぬ、岩や土の隙間から漏れる光だ。  ちかりちかりと緑が輝いて、いっそ幻想的ですらあった。 「わあ」 「砂がつもらないように、運ぶのがこのあたりの流儀だ」 「なるほど。 採光穴の光が差す場所ではないと植物は育たないときいていたが、こうなっていたのだな」  積もった砂は地上に運んでいるようだった。  ハリーは何故か、乃亜の遠くで笑っているようだ。 (い、いつのまに遠くに) 「見ていてもあきないものだ」  その笑みは、是非にそばで見たい。  というよりも、何故離れているんだ。  乃亜はハリーのいるほうへ向かうが、ハリーはそそくさと離れた。 「地上にも人がいる。案内しよう」  ハリーは盛大に咳をしている。 「いや、あー。 …露骨に避けなくても。離れたい気分なのか?」 「あ、いや。そんなことは」  ハリーは2mまで近づいた。 (2m!)  相方の挙動不審に、しばし悩む。 「表情が普通ならいいんだが」 「地上も、見たい」  案内にはすぐに頷いた後で、考える。考える。  考える。  ――あ。 「……あー。うん。 私の顔が、変だったろう…か。すまない。」  乃亜は、内心冷や汗状態で聞いてみた。  何せ久しぶりだ。  とても久しぶりだ。  心の中のキャー!っぷりが出ていたのだろうかとか、思わず何通りも何通りも自分の変な顔を考えてしまった。 「いや。自分の表情だ」  乃亜はきょとんとした。 (自分ではなかったのか…)  ほっとするが、でも別の問題が浮上した。  まだ疑問符を飛ばす乃亜を見つつも、ハリーは1mの距離で正確に動き出した。 「?」  距離が正確ということは、自分をしっかり見ていてくれるからだ。  別に、避けられている(のかもしれないが)、乃亜に何かあるから避けたい、というわけではなさそうだった。 (というよりも)  むしろ、なんだか。  照れている気がする。 /*/  そこを突っ込んだら状況が変わるかなと思いつつも、何も言わないうちに地上に出てしまった。  明るいが暑い。とても暑い。  やっぱり話によると、40度はあるそうだった。 「なるほど、これは一度地下になれると、暑さに参ってしまいそうだ」  苦笑まじりに笑いかけると、ハリーは貴方に大きな布を渡した。  綺麗な布だ。  複雑な折りが、まるで刺繍のように見える。 「日傘の代わりにでも。小さいかもしれないが」 「ありがとう」  見れば、地上にはびっくりするぐらいの多くの人が、敷物を敷いて座っている。  なかには多少の被り物をしている人もいた。  形も色もそれぞれ違う、敷物ゆえに分厚い布。  出口からほど近いところで、ぞろぞろとその布に座っている彼らの光景は、いっそ壮観ですらあった。  しかし、暑いものは暑い。  やはり暑そうではあるが、彼らは地下に避難する様子もない。 (…あれ?)  人の様子を見る。  自分を見る。  そして、ハリーを見る。日に当たって、目を細めている。  ――まさか、これは自分自身の分ではなかろうか。  そうなると、ハリーは日よけがないのではなかろうか。  はっとした乃亜は、ハリーを改めて見るなりきっぱりと言った。 「一緒に入るぞ」  行動するが早しとばかりに、さっさとハリーに日よけ布をかけようとする。 「…」  ハリーは何も言わずに、一緒に入った。 (……あ れ ?)  なんというか、暑いというより、熱い。  相合傘、とか密着度、とか色々な単語が脳裏をよぎる。すりぬける。  こわくてハリーを見ることが出来ない。 「自分は先にもどろう。みてくるといい」  気温の所為でなく真っ赤になりながら、乃亜は謝罪した。 「…すまん、自分の準備がなってなかった。 あれは、何をしているのだろうか?」 「太陽を浴びている。あれはあれで、慣れると気持ちがいい。骨が丈夫になる」  他の話を、ととっさに聞いてみるが、意外な答えがかえってきた。  気持ちがいい、らしい。  驚いた。予想外だった。 「日光浴…? な、なるほど…」  ハリーは、少し笑って、するりと日よけ布から抜け出す。  見事なタイミングに虚をつかれた隙に、ハリーは一人で地下へのと戻っていく。 (む!)  待てー!とばかりに、反射的に乃亜の身体はかけだしていく。  相合傘の衝撃にいまだドキドキする胸のまま、乃亜は追いかけていった。 /*/  やっぱり、恋は恋だな。  乃亜はそう結論づけた。  忘れていた訳ではないけれど、差し入れをするタイミングを逸した。  いやもちろん、後できちんと渡したのだけれども。  目の前の状況にドキドキして、なかなか思ったようにできなくて、でもやっぱり目的どおりにいったりいかなかったり。  それが恋と言わず、なんというか。 (もっとも、他に何か表現があったとしても、乃亜にとってはたいした問題ではない)  さっきまで手元にあった、スコーンを思い出す。  喜んでくれるといいな。  喜ぶかな。  珍しくふわふわ笑っていると、友人から笑われるまで、あと少し。