外を歩く母親と、その腕の中にいる弟。  ひたすら見つめていると、傍にいた(らしい)父親が、話しかけてきた。  最初は気づかなかった。  さっきまで、今日の新聞を読んでいたはずなのに。 「だいじょうぶだ」 「うん」 「あー。見てなくてもだいじょうぶだぞ」 「うん」  私は、後悔、しない。  自分の手で。自分の力で。  だから、もっともっと。 「ほら、帰ってくる」 「うん」  風が吹いているのか、目を細める母親を見て。  母親に手を伸ばし、楽しそうに喜んで、感情を出している弟を見て。  紅巴(くれは)は、身に付けた重い感触に、母親と同じしぐさで、目を細めた。 /*/ 家族と強さ <お姉ちゃんの意地> /*/  外は涼しく、爽やかな風が吹いている。涼州の名前のとおりね、とりんくはひとりごちた。  ぐるりと回る限り、ひとまずは平和そうに見える国に少し安心をして、今日の散歩は終わり。  りんくは家の前にいた。家は、オアシスの近くにある。  藩国第一層、藩政区階層、オアシス区、交番の隣。正確な住所はさておき、友人達からは、分かりやすい場所だと言われた。  外見は、どこか可愛らしい、ピンクがかった屋根の家だ。  我ながら良い買い物をしたわとちょっと回想しかけていたりんくは現実に戻った。  抱いている蒼巴(そうは)を見る。ハゲでつるつるで、目がくりくりとした子だ。  灰色の瞳が、じーっとこちらを見上げている。  (ストレスかしら)とつるつる具合を心配しつつ、蒼巴をちょっと揺すっていた。 「いい風がふいてるね、そうちゃん。きもちいい?」  蒼巴は、きゃっきゃと喜んだ。  よしよし、とりんくは更にあやしつつ家を見ると、紅巴は、居間の大きな窓からこちらを見ていた。  振り返って、父親に何かしら、話しかけている。  窓の向こうに、ねこのしっぽが見える。  小さなことだけど、幸せになった。だって、家族がみんないる。 「お姉ちゃんが待ってるみたいだから、お家に入ろうか」  紅巴に微笑んでから、蒼巴を抱いてドアを開けた。  かすかな音とともに、開く視界。帰宅完了、である。 「ただいまー」  部屋のほうが少し暖かい。  まだ、夏には早いから、そんなものなのだろう。  でも、外の空気も良いよね、と恭兵と紅巴を探すと、ばっちりと視線がかみあった。  紅巴はりんくを見ている。じーっと。茶色の瞳が、ひたすら見上げている。 「紅巴、ただいま。いい子にしてた?」 「…べっつに」  ぷいと視線をそらす紅巴。  そんな紅巴を見て、横にいた恭兵は苦笑している。  頭をなでた。  おとなしく撫でられる、紅巴。  むっすりしつつも、弟は気になるらしく、しきりに視線をさまよわせてはりんく(と蒼巴)を見ている。 「まあ、いたずらできるほど、暇はなかったな」 「そっか。紅巴、おいで」  りんくがそう言うと、紅巴が寄ってきた。  一緒に傍によった恭兵に蒼巴を渡すと、りんくは紅巴を抱っこする。  恭兵はあぶなげなく、片手で蒼巴を抱いている。 「よしよし……ん?」  なんだか自分の腕や胸に、ごつりと硬い感触を感じた。  うーん。 「? 紅巴、なあに、これ」  銃ね。と心の中で断言しつつも紅巴の顔を凝視する。  紅巴、しまったの顔。  身を捻りはじめる。じたばた。 /*/  見つかった。  というのが、正直な感想だ。  だって、怒るもん、お母さん。  お母さんはとても優しくて、真面目で、だからきっと甘いんだ。  でも、それだけだとダメなんだ。  きっと、ぜったい、ダメなんだ。 /*/ (…ああー…。そっか)  それを見たりんくは、何も言わずに抱っこし直して更にぎゅーをする。  片手を開けて、頭をなでなで。黒い髪はさらさらで、なででいて心地よい。  紅巴は、何も言わずに、りんくに抱きついている。 「…あなたが考えて決めたことなら止めないけど、無茶だけはしないでね。お母さんは、貴方のことも心配するから」 「丸腰のほうが、危ない」  ぽつり。そんな擬音が聞こえてきそうな呟き。  それを聞いた恭兵は、片眉をあげている。 「紅巴、銃を持つつもりなら、お父さんからちゃんと学びなさい。貴方のお父さんは全部わかってるはずだから」  ちらりとりんくが恭兵を見ると、恭兵が一言。 「……まあ、使わないが一番だが」 「みんなそう思ってる」  真っ当な父親の言に、更に真っ当な娘の言。  それを聞いて、りんくもまた頷いた。 「そうね。それが一番ね」  恭兵は苦笑した。  こう見えて、りんくは秘書官として個人として、たくさんの修羅場を抜けてきた女傑だ。  <使わないのが一番>という言葉も、仲間や自分にすれば重みがあるが、母親の戦歴について詳しくは無い紅巴の目には、さて映っているのか。 「平和っていうのは、なかなか手に入らないモンだ」  フォローではないが、そんな台詞を言うと、恭兵はりんくの頭をなでた。 「そこを目指したい気持ちは同じなのにすれ違いも多いから…」  撫でられて目を細め、りんくは恭兵に微笑む。  恭兵は、次に、抱いた蒼巴を撫でていた。 「すれ違いね」 「同じ仲間同士でさえ、いろいろ、ありますから…」  りんくも、苦笑いしながら紅巴を撫でる。 「なるほど。あ」 「? どうかしましたか?」  恭兵は部屋の隅に移動すると、片手でひょいと何かをつかんだ。  小さいケントのロボットだ。小さいながらも、しっかりした作りだった。  白兵戦ができる人型のロボットで、手には機関銃(のレプリカのような物体)を持っていた。 「ケント…? かわいいですね」 「秘書官長からだと。家に置けば意外に強いらしい。まあ、涼州に結構届いてると言う話だ」 「緋璃さんからですか。今度会ったら、御礼言っておきますね」 「まあ、気を使う仲間はいそうだな」  こんなのでも、ガードロボットとしては優秀だ。  恭兵は笑った。  横では紅巴が、興味をひかれた様子で母親の腕から飛び出し、座り込んで見ている。  りんくも娘を止めはせず、恭兵を見上げた。 「涼州、狙われることも多いみたいですしね…」 「あ。そういえば恭兵さん、今回も宰相府で輸送していただいてありがとうございました。人手が足りないので助かりました。と、緋璃さんも言ってました」 「まあ、そっちは楽でいいんだが…」 「皮肉だな」 「襲われる危険の高い、輸送じゃ襲われなかった」 「そう…ですね……」  りんくはとてもしょんぼりした。  そう、輸送ではなくて、病院だった。  一緒に入院していたはずだった。でも、守れなかった。 「まあ、裏かかれたんだな」 「悪童屋さんが助けてくれなかったらどうなってたことか…ほんとに無事でよかった」  ひとつ大きな息をつき、りんくは、紅巴と蒼巴を順繰りに抱きしめた。 /*/  ああ、やっぱり優しい。  お母さんは、こころを信じている。  みんなを信じている。  でも、ぜんぶぜんぶ空に飛んでいくぐらいの大変なことだって、ある。あった。  私はそうと知らず、こころの迷路に迷い込む。 /*/ 「……いろんな人に助けられたんだよ」  紅巴は両親を見ている。その言葉を聞いている。  そして、弟を見た。 「私が守るんだ」 「うん、お願いね。お姉ちゃん」  りんくは、頭をなでて紅巴に微笑みかける。  紅巴の、弟を見るその目が、思い詰めているのが気になった。  そっと蒼巴をベッドに戻し、紅巴に向き合う。 「でも、一人で守らなくても大丈夫。貴方にはお父さんもお母さんもいるんだから。みんなで足りないところを助け合って守るのがいいのよ?」  迷宮の時も、それでなくてもいつでも、一人の力だけではなくて、みんなの力が大事だったのだから。  そう思いつつ話すが、紅巴は難しい顔をしている。  恭兵が笑って、紅巴の頭を撫でた。  それを見て、りんくは更に言う。  どうか、少しでも伝わりますように。危険が遠のきますように。 「一人じゃ、やれることに限界があるの。お母さんだって、貴方のお父さんに助けられてここまで来てるんだから。ね?」  紅巴と目線を合わせて話すが、紅巴は目線をはずした。  それは、銃が見つかった時の視線の外し方ではなくて。  また別の、自分の意志があるための否定だった。 「……助けてと言えるのは、強い人よ。紅巴。自分の弱さを素直に見つめられる人。無理をして、自分だけでやろうとするときっと周りの人まで不幸にするわ」  りんくは紅巴の頭を撫でて、視線を外さないように工夫しながら言う。  ――ただ。 「助けならよんだもん」  悲鳴のようなつぶやき。  紅巴は、走って逃げた。  外に出て行った。 (な、なんかもー、昔の恭兵さんだわ!)  一瞬ぽかんとするが、慌てて追おうとする。  が、恭兵に視線で制された。  娘は遠くには行かない。追う必要はあるが、急ぐ必要はない。  汲みとって頷くと、ひとつ息をついて、恭兵は言った。 「まあ、分る気もするな。俺も昔はああだった」  先ほどのりんくと同じ事を思ったらしい。恭兵ののんびりした発言が入る。 「じゃあ、とっつかまえて言い聞かせなきゃですね。親子二代でそっくりなんですから」 「ああ」 (ま、飽きるまで殺せば分るさ。そこまで生きていれば…)  そこまで生きていれば。  あるいは、国が安定すれば。そうすればきっとおとなしくなるだろう。敵はいなくなる。  未だ未確定な国の状況と、外に出ていった紅巴を思い、恭兵はりんくの頭をなでた。  蒼巴をりんくに任せ、我が家の小さな姫様を迎えに行かかなければならない。 /*/  その後、辛抱できなくなったりんくが、「あまえろうりー!」と、帰ってきた紅巴をひたすら構い倒し、紅巴がじーっと我慢していたり、我慢できなくなってじたばたとしていた。  その横で恭兵が苦笑して、ねこのきょうへい2がなうーと鳴き(なんとなく、喜んでいるのは伝わってきた)、蒼巴がきょとんと見上げている。  ……のは、まったくいつもの奥羽家の光景である。 「やっぱり似てますね」 「りんくにか?」 「恭兵さんにです!」 (じーと両親を見上げる蒼巴)