事の起こりは確か、地上でいうところの夏という時期に差し掛かる頃だったと思う。  艦の調子を見ていた時雨が日程を確認してあ、と短く声を上げた。 「あー……もうそんな季節か」 「どうかしたんですか?」 「いや、ちょっと地上に戻らないといけない時期だなと」 「何か用があるんですか?」 「いえ、行事のようなものです」  シグレが声を上げて思い出すということは、まぁ、彼と一緒にいれば良くなることなのだけれども、それなりに重要な行事なのだろうということも今までのパターンから推測できた。  内容も気になるし、わざわざ思い出すほどの行事であるならば、参加するべきなのであろう。 「では、それに出席しましょうか」 「あ、いや、出席というか……あー、そうですね、じゃあ行ってみましょうか。何事も経験です」 「……何か引っかかる気がします」 「いえ、きっと楽しいですよ。まぁ、デートみたいなものです」  どこか嬉しそうなシグレが何故か気に入らなかったが、デートと言われて悪い気はしなかった。  そうと決まれば早速地上に降りる準備をしなければ。重力に慣れるのにも時間がかかるのだ。 「じゃあ、行き先は宇宙港でいいですねっ」  強く言い放ったのは消して照れているからではない。……多分。 /*/ 「で、その行事はこの民家で行われるのですか?」  地上に降りてしばらく重力に慣れて、いよいよ行事が行われる日付になった。  まず連れて行かれたのはごく普通の民家……に見える場所だった。  そんな重要な行事が行われる場所ではないと思うが、親戚の家と言うこともあるのだろうか。 「まぁ、その前段階というか、着替えの場所ですね」 「着替え、ですか」 「ええ。これから行く場所にふさわしいそうですね、装束と言っていいかもしれません」 「装束……ですか」  そういう風に表現するということは、普通の服とは着方が違うのだろう。なるほど、それで私もそれを着れるように専用の着替えを代行で行ってくれる施設に連れてきてくれたのだろう。  自分の中でそう結論づける。まず間違っていることはないだろう。 「分りました。では入りましょう」 「えっと、何を着るのかとか聞かないんですか?」 「必要な装束なのでしょう?であれば聞くこともないと思いますが」 「そう……ですね、じゃあ入りますか」  何か言おうとしていたみたいだが、問いだたす前にシグレは扉を開けてしまっていた。  その瞬間のことである。 「あらー、アキラちゃんお久しぶりねー!」 「あら何その横にいるカワイイコは!」 「本当だわー、なに、なに?彼女?」 「彼女さんね、彼女さん?あらー、いい子見つけたわねー!」 「何よ水臭いわねー、もっとはやく連れてきなさいよ!」 「いいわいいわ、彼女の着付けね、分かったわ!」 「何色が合うかしらー、帯もカワイイのにしないといけないわねー」 「あ、アキラちゃんは自分でできるわね」  一瞬の内に言葉の洪水にの中に叩き込まれたようだった。  二人の妙齢の女性がシグレを囲んで急に質問詰めにしているかと思えば、いきなり自分を囲んできたのだ。  あまりの出来事に何も言わないでいるうちに、強引に腕を引っ張られ家に上げられてしまった。  こ、これはいいのか、この流れで大丈夫なのか? 「あ、あの、どうすれば」 「えーと、その人たちのいう事を聞いていr」 「大丈夫よ!おばさんたちに任せなさい!」 「今日来たっていう事は神社にいくのね!ちゃんと連れて行くから先に行ってなさい!」  大丈夫を連呼する妙齢の女性、オバサン達に更に奥の方へ連れて行かれる。  シグレを振り返るもがんばってーと手を振っていたのを最後に扉に阻まれてしまった。  そうして密閉された部屋にオバサンと3人閉じ込められた。  ……頑張れと言われたけれども、どうしろと言うのだ。 「まったく、アキラちゃんも隅に置けないわねー」 「こんな別嬪さん見つけてきちゃうなんて」 「これは腕によりをかけないといけないわねっ」 「いいわねっ、盛り上がってきたわっ」  何故か私を置いて盛り上がるオバサン達。放っておかれている間に部屋を見渡してみると、様々な模様、色をした布がかけられているのに気付いた。  大きく分けて2種類の大きさ、幅に分けられているようで、それが装束になるのであろうと思われた。  そこまでは理解できた、が、それで何故そこまで盛り上がれるのであろうかと言う点は理解できなかった。 「あの……」 「ああ!ごめんなさいねー、放っておいたまんまで」 「すぐにキレイにしてあげるわっ」 「いえ、そうではなく、どのような装束を着ることになるのかがその……」 「あらやだ!アキラちゃん言ってなかったの?」 「もう、だめねあの子ったら。これから着るのはね、浴衣っていうのよ」 「ユカタ……温泉に入った後に着るものですか?」  前に温泉に連れて行かれた時に確か着たはずだが、ここまで大がかりではなかったはず。  その回答がおかしかったのか、オバサン達は目の前でパタパタと手を振る様子を見せた。 「あんな簡単なのとは違うわよー。もっとちゃんとしたのを着せてあげるわっ」 「そうよ、ちゃんとした浴衣なら女の色気は5割増しよっ」 「さあさあ、服を脱いだ脱いだ」  脱いでと促す割には既に手をかけて剥がしにかかっているのは何故かと抗議する前に、上着はもう脱がされた。  あら、面白い服ねーという声と同時に中に来ている服も脱がされ、下着だけになっていた。  なんというか、抗議することすら忘れてその手際に見とれてしまった。一人が脱がしてその服を皺のつかないように畳む。その息の合った動きは確かに熟練のものであった。 「はい、じゃあこれを着てね」  着てねというよりも『着せる』という方が正しかったとは思うが、その間に1枚薄い肌着を着させられた。   腰の周りに1枚タオルを巻かれたのが何故かと気になったが、いいのいいのと遮られ詳しく聞くことはできなかった。人が良い方々だからいずれ教えてもらえるだろうし放っておこう。 「さてと、どの色が合うかしらねー」 「白い肌、黒い髪……金色の髪飾りはそのままの方が良いわねー」 「時間はたっぷりあるから、色々合わせてみればいいじゃない!」 「そうね、そうしましょうか!」  何か恐ろしい取り決めが知らぬうちに行われていたようだが、もはや関与できないと悟ったからには黙っておくしかあるまい。  早速黒色の布が体にかけられる。大分長い布の様であったが、腰に巻いたタオルの当たりで長さが調節されたようで、足元が丁度見えるようになっているた。なるほど、こういうことだったのか。 「黒い生地だから、帯は……この色がいいわねー」 「あら素敵!いいんじゃない?」 「結びはどうしようかしら、とりあえず文庫でいいわね」 「そうねー、決まったら花文庫にすればいいわ」  人形に洋服を着せるようにぐいぐい布を巻いてひもで固定してゆく。いや、されてゆく。一人でそれを行っている間にもう一人が布を吟味していたようで、黒地にあう金色の帯があてがわれた。  全身を見ることができる大きな鏡が目の前にあるのでやることもないし、自分の姿を確認する。……確かに、似合っている……気がする。  観察している間に工程は完了していたようで、いつの間にかオバサン達が少し離れて様子を見ていた。 「どうかしら、髪と髪飾りと色を合わせてみたんだけれども」 「うーん、似合っているけれども、だめね。この子の可能性はこんなものじゃないわ!」 「そうよね!もっと合う種類のがあるかもしれないわねっ!」  手際が良かったとはいえそれなりに時間もかかっていたはずなのだけれども、まだやるつもりなのか。  このままでも十分だとは思うが……一応抗議してみた方がよいのだろうか。 「あの、このままでも十分……」 「あら、大丈夫よー。時間にはちゃんと間に合わせるからっ」 「ええ!次からは仮止めでどんどんやっていきましょうっ」  無駄だったようだ。  これは観念して指定された時間まで耐えた方が良いのであろうと、ようやく理解した。  あと何時間かかるのであろうか、分からないが、今はこのまま着せ替え人形の立場を楽しむほかないのだ。  シグレには後でよく言って聞かせよう。 /*/ 「じゃあ、この神社の階段を上った所でアキラちゃんが待ってるはずだから」 「あ、あの、ありがとうございます」 「いいのよー、アキラちゃんの彼女は私の娘みたいなものよー」  装束は何回かの試行の末決まった。靴の代わりにゾウリというサンダルの様な履物も貸してもらった。  何回も試行した分たっぷり時間を使って、時刻はすでに夕刻であった。  言葉通り間に合ったのかどうかは分からないが、焦っていないということは間に合ったのだと思う。  それで待ち合わせ……と言われている場所に連れてこられたというわけである。 「そうそう、終わったら適当に畳んだ状態でいいから、持ってきてくれればいいわよー」 「あ、はい。あの、私の服は……」 「シグレちゃんが知ってるから大丈夫よー」 「はあ……」 「じゃあ楽しんでいらっしゃいねー」  そう言い残してオバサンは去ってしまった。……嵐のような人物と言うのはああいうものを言うのだろうか。  それはともかく早くシグレに会わなければ、ここで何をすればいいのか全く分からないのだから。  オバサンに言われた通りに階段を上る。人々の喧騒の中に、確かにそこにはシグレがいた。  男性用の浴衣を着たその姿はいつもとは違って見えて、言おうと思った文句は一瞬引っ込んでしまった。  お互いに目があったのと同時に、タイミングが良く火花―花火と言うらしい―が空に輝いた。 「……素敵です」 「……あの火花ですか」 「いえ、浴衣姿のあなたが」 「……裾が長くないですか?」 「まあ、そういう衣装ですから。でも、似合ってますよ」  自分で着させるようにさせたのでしょうとか、どういう事をするのかちゃんと言ってから行きなさいとか、色々文句はあったけれども、シグレのその満面の笑みを見たら浴衣を着た意味があったなと思ってしまい、どうでもよくなった。  まぁ、喜んでくれるのであればそれで良い。  だが、歩きなれていない恰好であるから、足元は不安定なままだ。  少し、困らせても良いかもしれない。 「転ばないように、支えてください」  そう言って袖を引っ張る。……笑顔で返事をしないでください。困らせようとしているのに……。  シグレについて回っているうちに、これは行事と言うよりグレートワイズマンに感謝をささげる儀式に近い物であるらしいということが分かった。正式名称は祭りというらしい。  ネーバルにはそういう文化が無かったのでなかなかできずにいたが、エンニチという店舗をいくつか見て回ってりんご飴という菓子を食べたところで、こういう事もあるのだと納得した。りんご飴が食べられる行事であれば大歓迎である。  しかし、人が多すぎた。密度が高すぎたので歩くのも疲れてしまった。ゾウリという靴にも慣れていなかったこともあり、落ち着いて星が見えるところに行くことになった。  と言うことにしておく。でないとあの不意打ちを自分の中で消化しきれない。 「瞬く星というのも、久々に見ると悪くありませんね」  ジンジャと呼ばれる建物の周りに座れるようになっている岩があったので、シグレはそこに腰かけた。  さっきみたいな不意打ちをしておいて堂々と座るように促せる根性は気に食わないが、足も痛みが出てきたことだしちょっと距離を置いて腰かける。 「そうですね」  それでも悪いように思わない自分も毒されてきているなと思った。  そう思いながらも空に目を向ける。エンニチの中頃は大分明るかったが、ここは暗いので良く星が見えるようだ。  あの光の間のそのどこかには元、我々の船があるのだろうが、今はそんなことにはそれほど気にならなくなってしまった。  昔はいつも気にしていた気がする。今は、隣にいるシグレの方が気になる方がたくさんだと思う。変わったということなのだろうな。おそらく。  その視線に気づいたのか、シグレが口を開いた。 「僕が生まれたところは、山ばかりだったんですよ」 「私は、宇宙のまんなかでした」 「子供のころは星を見て、この山を越えて星の世界に行ってみたいってずっと願っていました」 「……私は夢にもおもいませんでした。脚で、歩くとは」 「生きるということは、予想外の連続ですね」  まったくだ、と自分でも思う。でもそれは嫌じゃない。だから、ただ微笑みでそれに答えた。  シグレも微笑んでいた。と思ったらいきなり肩に手が回され、ぐっと引き寄せられた。 「誰よりも愛してます。予想外の果てに出会えた貴女を」  驚きはしたが、そういう事ならば許してやろう。頷くのと同時に満天の星が見えなくなった。同時に感じる唇の感触。  今日2回目の不意打ちだ。いや、嫌ではない。嫌ではないのだが、やりこめられているようでいい気はしない。  だからという訳ではないけれども、一つ罠を仕掛けてみることにした。  使うのはりんご飴。幸いにしてまだ自分の分が無傷で残っていたからそれを指差す。 「これは、一緒に食べていいのだろうか」 「もちろん」  よし、第一段階クリア。 「……一緒に、食べませんか?」 「喜んで」  かかったな、という笑みは封印してりんご飴をシグレの口に近づける。  近づけておいて、代わりに自分の唇を押し当てた。  シグレが驚いた様子なのが、触れている個所から伝わってきた。どうやら成功したらしい。  そっと離れて、そっと微笑んでやる。 「不意打ちの仕返しです」  にっこり笑ってあげたつもりだったのだけれども、シグレは驚いたまま動かなくなってしまった。……そんなに意地悪そうな顔をした覚えはないのだけれども。  これでは困るので、もう一度キスをした。照れて真っ赤になったその顔に。  種明かしはその後で、まるでりんごのようなその耳元でしてやろう。 「だから、りんご飴を一緒に食べるといったでしょう?」