――「3」が床の時は生きた心地がしなかったな。  思い出して、少し笑って、思い出している。 ――ハンモックは慣れるまでが大変だったし。  眠れなかった。  それは、ハンモックのせいじゃないかもしれないけど。  遠い昔に、通いつめたあの人の家。  一緒に夜空を見上げた宿り木の枝。  あのときのドキドキに負けないような、そんな素敵な家を創れるだろうか。 と意気込み、はや数時間が過ぎていた。 こねこねこね こねこねこね ねこねこねこ こねこねこね こねている。 こねているだけだった。 「ど、 ――どうすればいいんだっ!」  無理もなかった。  考えれば当たり前だ。  建築士でもないのに、家を改装するといっても手がつけられない。  おまけに、旦那様は山へキノコ狩りに行ってしまったので相談しようにも相談できない。  待てば良かったのである。  しかし、手は既にこね始めていたのだった。  紙粘土を開封したはいいが何を作るか考えていなかった、という状態に似ている。 放っておけば固まってしまうので非常に焦る。 ――まあ、この家は大丈夫だと思うけど。  ぷるぷる家の、新しくできた部屋の床をこねこねしつづけている。   「とりあえず寝室かなあ」とふわふわと思う。  そも、寝室どころかベッドがなかったのだった。  トイレもソファもお風呂もない。  もともと住むことを前提に作られていないのか、それとも別の理由があるのか、 実は無いように見えるだけで本当は地下とか天井裏、はたまた天井にぶらさがっているのか。  いずれにしてもちゃんとした寝室というモノが見あたらなかった。  もっとも、どちらにしても自分も一緒に住む以上、ベッドは作らなければいけないのだ。 「ドラえもんかドラゴンボールであったなぁこんなシーン」  後者である。 「トイレはなんとでもなるとして、お風呂とキッチンかなあ」  お風呂もまあ、共同浴場でも良いわけで。 いや、むしろそっちの方がいいかも―― 二人して温泉に通う新婚夫婦という図に思いを馳せる。 「問題はバルク様にお風呂の習慣がなさそうということなのだろうけど」  魔法で水浴びとかするのだろうか。  そういえば料理もフライパンに魔法かけて作らせていたなあ。 「キッチンもいらないのかも...」  う〜んと、悩む。  はたして作って良い物なのかどうか。  どんどんとドツボにはまっていく。 「っと、悩んでいてもだめよね。とりあえずベッド作らないと」  こねつつ気を改めた途端、にょきっとダブルベッドが生えてきた。 「おお!!?」  おもわず飛び跳ねる。 「な、なにいまの...」  こねながらベッドの形を思い浮かべた瞬間、床がごそっと持ち上がったのだ。  まあ、元が床なのでベッドというよりは、ただの長方形の台座だったが、布団を敷けば十分ベッドである。  できあがった台座に手を触れて「おお」と感動したのも束の間、すぐに「しまった」と顔を手で覆う。  短すぎたのだ。  横ではなく、縦に。  自分とバルク様とでは40cmほど身長差があったのだけれど、 頭の中がお花畑になっていたのだろう、つい自分サイズのベッドを作ってしまっていた。 ――それでも、横幅はきっちり二人分あるのには笑いがこみ上げてくる。  ともあれ、再調整しなければいけない、  ベッドに手を触れてまたこねる。 「もうちょっと長くしないとなあ」  今度もそう呟いた瞬間にベッドがぐんと引っ張られて伸びた。 「おお」と、同じ声でまた驚いた。「なんとかなるものね」  これなら、割と少ない労力でいろいろ作っていけそうな気がする。  失敗してもやりなおしが楽そうだ。 「にしても、うっかりしすぎだよね」  もし、先ほどの自分サイズのベッドにバルク様が寝ていたらどう考えても 「足(の分)が足りない」ことになってしまう。  途端、ベッドに足が生えて、自由を求めて走り出した。  翼がなかっただけマシだった、と後ほど何度も思い出すことになるミーアとベッドの追いかけっこは、実に二時間も続いた。 /*/  一羽の鳥が微妙に震える家の前に降り立った。  降り立つ一瞬に、その姿が人のそれへと返る。 「ミーア、居ますか――」  扉を開いた途端、ミーアが腰に抱きついてきた。 「バルク様!」 「はい」 「愛しています」  よじ登るように見上げてきたミーアにバルクは微笑んで、 「ええ、わたしも」呟きながらキスを返し、 「ところで」と、頭越しに彼女の後ろ姿を眺めた。「なにかありましたか。ずいぶんと服が汚れていますが?」 「え、ええと...」  ミーアはがばっと離れて、あわてて埃を払う。 頬を真っ赤に染めて、二歩下がりながら見上げてきた。 「バルク様!」 「はい」 「えっと...帰ってきたら“ただいま”ですよ!」  バルクは少しだけきょとんとしてから、 「ええ、ただいま――ミーア」  腰に飛びついてくる前に、少しかがんで胸に迎え入れた。 /*/ 「とりあえず、普通の――自分の国風の家を目指そうと思います!」  キノコのサラダを山盛りで出して、ミーアは決意した。  一見して普通のリビングルームである。  ところどころ震えてることを除けば、見事に一般家庭のそれだった。  形だけは。  いや、形だけでも――だ。  トイレも、キッチンもバスルームも、作るだけ作って、必要なければまた改造すればいい。  機能しなくてもそれっぽいのをとりあえず作ってしまおう。  一見普通だけど、よく見るとぷるぷるしている家、そういうのの方が楽しいかもしれない。   「この国にとっての普通というものを、私はまだ知りませんが。好きに育てて良いですよ」 と、笑顔のバルク様。 「わたしたちの家ですから」 「はい、バルク様!」  ミーアもバルクに微笑み返した。 (おわり)