*4ヶ月ぶりのデート(らしい) #center(){/*/}  ええ。恋は盲目、と世間では申します。  寝ても覚めても相手のことばかりを想えば、それは頭の方の機能の割合もそれなり、になりましょう。当然の事、他は疎かになりがち、度合いによっては道端の電信柱も目に入らぬ、とか。そんな意味合いでございますね。  或いはそんな当人の様子を端から見て春が来た、等と表現する向きもはい、ありますでしょう。こう、胸の奥がぽかぽかとする様な、それで居てざわざわと落ち着かない様な心持ち、と申しますのでしょうか。  例えば。  そこな路上で先ほどからそわそわと辺りの様子を気にしておられるお嬢さん。周囲に注意を払って如何なる変化も見逃すまいとしている、様には全く受けられないのでございますが。  頬は上気して、髪は一挙手ごとに風に踊る様。僅かに潤んだ瞳は辺りを見ている様で居て、その実ただ一人しか映して居ないもの。  ええ。ええ。まっこと、恋する乙女とはこの様な態を表すものでございます。 「うにゃー……」  そのお嬢さん、というのもなにやら他人行儀。ここでは多岐川祐華さん、更に親しみを込めて祐華さん、とお呼びすることにいたしましょうか。  祐華さんはある種の食肉目動物の様なため息を漏らしてやや心配そうな表情に。 「ショウ君?  ショウ君ー」  祐華さんがその、恋す乙女の瞳でもってお探しなのは、ピンク色の髪の少年の姿。名を小カトー・タキガワさんと申します。祐華さんはショウ君と呼んでおられるようでございますね。  さて、この国、FEGというのはご覧の通り、いわゆる大都会というものでございまして。 雲も貫く様な大きなビルディングが建ち並ぶかと思えばその谷間にあるこんな小さな路地にもあまねく光が届く様な、共和国でも群を抜いた技術を持った国でもあるのでございますね。  はい。昨今では光の国とも称される大国でございます。まさに栄光と光輝に満ちた理想郷、と言いたいところでございますが、雑踏を行き交う民人の表情はいささか曇り気味。  というのも、長らく動乱うち続く共和国にあっては最後の柱と言うべきこの国も波に洗われる貝殻の如く。その影からは逃れ得ないから、でございましょう。  祐華さんの心配顔の何割かはその民人の様子に対するものらしく見受けられますね。  そんな街角でショウ君を捜すことしばし。雑踏の向こうから見紛うこと無きピンク色の髪がひょっこり。 「ショウ君ー」 「無事でよかった」  向こうも祐華さんを認めて駆け寄ってくると、交差する刹那にひっしと抱き合うお二人。  まあ。恋人達の久方ぶりの再会と抱擁。何とも良いものでございます。 「うん、ショウ君も無事でよかった。  いっぱい何かあったって聞いた。本当によかった……」 「んー。正直、みんな動揺してるよ。 悪いこと、続きすぎだ」  ほろりほろりと涙を流しつつ、ショウ君を抱きしめて肩口に頬ずる祐華さん。ショウ君は少しだけ険しい表情。世の中の禍事に憤る、少年らしい真っ直ぐな良い目でございます。  はい。それもそのはず、ショウ君は今世の猛禽、戦闘機乗りなのでございますね。ちなみに、彼の愛機の設計をされたのは何を隠そう祐華さんであったりも、いたします。 「うにゃん。ごめんなさい……」  祐華さんは俗に言う第七世界人。即ち、このニューワールドにおいて国の行き先その標を示すべき側の人間。祐華さんが民人に対して感じられる憂いもまた、あながち故無きことという訳でも無いのでございましょう。  しゅんとされた祐華さんに対して、ショウ君は眼差しを和らげると頭を二度三度、優しく撫でられます。こういった思い遣りの切り替えと申しましょうか。なかなか、この若さでは難しいことですが、それがさらりとできるのが良きところ、というものでございますね。 「うう……」 「やれやれだな…」 「ショウ君に会うのね、本当に久しぶりだから、楽しい事したいって思ってたけど。  でもどうしたらいいのかよく分からない。自分だけ楽しいの、不公平な気がするから」 「ま、人生なんてそんなもんだよ」  ショウ君に寄り添って不安げな民人を見遣る祐華さんを、彼は緑地の一角へ誘いつつ。端から聞きますと随分とさばけた物の言いように聞こえますが、その視線はしっかり前を向いておりました。  ええ。彼は弁えておられるのです。人に為せること、そうでないこと、その結果を。  お二人が緑地に備えられたベンチに落ち着きますと、祐華さんは心持ち、照れた面持ちで小さな包みを膝の上に広げられました。 「あのね、クッキー作ったんだよ」 「いいねえ。たべるたべるー」 「見た目無茶苦茶悪いけどね。レンジで作ったら焼け目付かないし、つけようとしたら消し炭になるから」  ショウ君は感心したように頷かれていますが、さて、電子レンジでクッキーを作成する難易或いは成否についてどの程度理解されているのか、ちと判じかねるところではございます。  はい。レシピに興味があられるならば祐華さんにお尋ねになるとよろしいかと存じます。それはもう、本人が仰るよりは、どうして美味しそうに見受けられます。 「はいどうぞー」  祐華さんが差し出したクッキーの包みからショウ君が一つ。祐華さんも一つ。  美味しそうにさくりさくりとクッキーを噛みながら緑に満ちた一角を眺めて微笑まれるショウ君。祐華さん手作りの電子レンジクッキーの味がお気に召したのか、変貌を遂げたFEGの姿に満足しておられるのか。  まあ。多分、両方なのではないでしょうか。 「キレイだねー。砂漠の国だったのに。  ビルいっぱいで不安だったけど、今は何か安心する。昔とは大分違うのにね」  祐華さんも隣に座るショウ君越しに緑を眺めて、この国の来し方に思いを馳せているご様子。確かお二人の前回のデートの時は丁度超高層建築物が建ち並び始めた頃で、祐華さんは砂漠の小さな集落だったFEGの急速な変化に随分と不安を感じておられたようでございました。  このようにFEGに緑地が増えたのは、何でもさる賢人を迎えられてからだそうで。祐華さんはその方の思想が浸透したことによるもの、と観察されているようでありますが、かの超高層建築に備えられた空中庭園は、森国人国家荒廃の折に彼の地の植生を引き継いだものとも聞こえています。  森が滅びないように。  或いは、都市計画のフェーズがその方の招聘を機に一つ進んだものとも見受けられ、そういう意味では予定通り、なのかも知れませんね。  ええまあ。余計な話ではあります。 「そだね。  問題は、どうなるかだなあ」 「悪夢とか、共和国の不信とかだねー。  難しいなあ。政策とかはさっぱりだ」  難しい、と言いながら眉を寄せた顔をして息をついた祐華さんを見遣って、ショウ君は小さく笑いまして。 「俺もだよ」  また頭を二度三度、優しく撫でられます。 「うにゃん」 「かわいい」  されるがまま、小さく首をすくめてこれまた食肉目動物のような声を立てられた祐華さんに、ショウ君は目を細めて一言。見る間に紅潮、鳩が豆鉄砲と申しましょうか、家鴨が唐辛子と申しましょうか。ともかく、祐華さんはそんなご様子。 「ふえ?」 「?」  ショウ君は不思議そうに見ておられますが。色に出にけり、等とは申せ、乙女心は中々に複雑でございます。はい。  その間に祐華さんは姿勢制御に成功されたようで、深く吐息を一つ。 「悲しい事とかあっても、好きな人と一緒にいられたら案外何とかなるのにね……共和国の人達に伝えられたらいいのになあ……」 「たぶん。それがやばいからあせってんだろ。みんな。 安全だ。安心だってことを、証明しなきゃ」 「うん……安心の証明かあ」  ショウ君のその言葉は、シンプルでいて物事の本質を射ている透徹した視線を感じさせるものでございました。  当人はそんなことは思いもかけず、軽く頭をかいてみたり。全くの自然体、でございますが。 「ま、やるだけやるかー。  のまえに」 「?」  言葉を切ってじっと祐華さんを見つめるショウ君に、今度は祐華さんの方が不思議そう。  と、いきなりの抱擁。 「!!」 「ごめん。こわがらせた?」  祐華さんが硬直して、次いでほろりと涙を浮かべられたのを見て、ショウ君、慌てて腕を放してホールド・アップ。祐華さんはすぐに頭を振って思うところを言葉に。 「ううん。  ただずっと会いたかったから。会ったらぎゅーしようと思ってたけど、上手くできなかったから」  目尻を指で拭ってにっこりとなさいます。 「大好き」 「うん。おれもーって当然だろ!?」  ショウ君は何やら意外そうな顔をしておられましたが、やがて微笑みを浮かべられました。まあ詰まるところ、お二人ともに相思相愛を確認、ということで落着したようでございます。 今度はもう少し、予備動作をつけて抱擁を。腕に込める力は思いの丈の分だけ。  まあ。抱擁を返す祐華さんのお幸せそうなこと、これまた何とも良いものでございます。 「にゃー」 「うん。ちょっくらまあ、安全を訴えるかなあ」 「?  何するの?」 「まずは大統領に相談だ」 「うん」 「えーと。まず、大統領の声明かなあ」 「ちゃんと大統領が言えばとりあえず話は聞いてもらえるかなあ」  頷かれるショウ君。はい。現共和国大統領はご存じの通りFEG藩王であらせられますし、ショウ君とは昵懇の仲とのこと。先だっても祐華さんなどは焼き餅…いや、これこそ余計な話でございました。 「今度あったらさ…」  ショウ君は、やや改まった声で、鼻の頭を二度三度、指でかきつつ。 「なあに?」 「デートでもするか」  視線が遠くのビルディングと祐華さんの間を行ったり来たり。 「だめ?」 「!!  うん!!」  やや。喜色満面とはこのことでございましょう。祐華さんはもう一度、飛び付くようにショウ君を抱擁されまして、唇にかすめるような口づけを。  今日のこの日の空のように、快活に笑みを浮かべたショウ君と祐華さんは手を取り合って、弾むような足取りで緑地を後にされました。  その姿が雑踏に紛れると、幾人かの民人は振り向いて微笑ましげにその後ろ姿を見送るのでございます。このお二人のその後はまあ、申し上げるのも野暮、と言うものでございましょう。  ええ。ええ。まっこと、恋する乙女とはこの様な態を表すものでございます。  或いはこれをもって世界の護りとも、呼びましょう。  それでは、これにて本日の語り、満ちましてございます。 #center(){/*/} #right(){拙文:久遠寺 那由他}