「言葉にならなくても伝わる思い」 /*/ ばたーん! 扉が壊れんばかりに開け放たれて、リワマヒ国おこたの間の団欒は突然打ち破られた。 「シ、シコウしゃん、どうしよう!明日着ていく服が決まらないー@@」 扉を開けはなった和子は、両手に服を抱えられるだけ抱えている。 「よしよし、和子しゃん。じゃあ一緒に選んであげる!任せておいて!」 にっこり微笑んで、胸をたたく勢いでシコウが請け負った。 シコウは和子とクリサリスの出会いのころから二人の恋をサポートしてきた。 「えー別に今日も会ったんだし、同じような服装でいいんじゃない?」 不用意な発言をした藩国男性陣の一言に和子とシコウの目がぎらりと光る。 「「何か言いました…?」」 冷たい声で同時に言い放つ二人。 後ろにゴゴゴゴゴという書き文字が見える気がする。 (ひ、ひいいいいい) 男性陣は戦慄にその身を震わせた。 (ダメです!恋する女に逆らうな…!鉄則です!) (お、おれ根源力死するかと思いました…) (恋する乙女は最強ですね…) ヒソヒソと小さい声で話す男性陣に、シコウはゆっくりと扉を指し示した。 「それでは、今から和子しゃんは着替えますので。全員退去。三秒以内」 逆らえる者などいるはずもなく、全員脱兎の勢いで炎天下の野外へと駆け去った。 そう、恋する乙女は最強なのだ。 /*/ 朝のシャワーを浴び終えると、クリサリスは白いタオルでその水滴をぬぐった。 爽やかな光の差し込む窓から吹いた一陣の風が、まだ水分の残るクリサリスの金色の髪を少しゆらした。気持ちのいい朝だった。 リビングにある水色の陶磁器のティーポットを手に取る。適度に香りの花ひらいた琥珀色の液体を、同じ水色のティーカップにゆっくりと注いだ。 白い湯気がゆらりと立ち上がった。手にとってゆっくりと喉の奥に流し込んだ。 このティーセットは、彼のお気に入りだった。和子からこれをプレゼントされてから、彼は少しだけ茶葉や紅茶の入れ方に気を使うようになった。 俺は変わったのか? ふと、窓の外を飛ぶツバメに言葉に出さず問いかけた。 ツバメはそのまま視界を横切ってどこかへ消えた。 ティーセットを片付け、備えつけのクローゼットの扉をあける。 いつもの服を手にとったところで、クリサリスはふと隣にかけてある滅多に使わない私服の普段着を見て手を止めた。 数瞬考えた後、手にしたいつもの服をクローゼットに戻して普段着を取りだす。 今日みたいな日に、こういった服を着るのも悪くないアイデアだと思った。 俺は変わったのか? いつの間にか部屋に来ていた猫を見て無言で問いかけた。 猫はにゃーと鳴いてごろんと横になった。 /*/ 「この帽子は…はずせな…」 「…この色を合わせて…」 「こ…これは…ち…」 「と…には…大胆に…」 おこたの間の中からはバタバタと音がしてくる。 「暑いですね…」 「ええ…」 外では、締め出された藩国男性陣が南国の太陽にじりじりと焼かれていた。 かれこれ二時間はたっているが、誰も中に入ろうとはしなかった。 「ふふふ、お待たせしましたーお披露目です!かずこしゃーん!」 シコウが先に出てきてショービジネスの司会よろしく右手を大きく上げて、和子を呼んだ。 おこたの間の中から、出てきた和子に藩国男性陣は息をのんだ。 白と黒を基調としたふわりと広がるワンピース。胸の下あたりで、落ち着いた色の緑と黄色の帯をしてシルエットを絞っている。 胸元がやや大胆にあいていたが、黒いフリルが付いており、セクシーさよりもかわいらしさを表現していた。 左手首につけた金のバングルと、それとお揃いの右ももにつけた金の飾り環がいいアクセントになっていた。 ミュールは高すぎず低すぎず、動きやすさと女らしさを見事に同居させている。 そして白いクリサリスの帽子。帽子はこのコーディネートのためにしつらえたかのように、和子に似合っていた。 つまり、要はかわいかった。 「ど、どうでしょう??」 緊張した様子で一同を見回す和子。 男性陣はぽかんとした表情で見返す。 困ったような顔になって、シコウのほうをむくと、シコウは人差し指で自分の顔をさして唇をうごかした。 え が お はっと気がついた和子は、男性陣に向かってにっこりとほほ笑んだ。 ずきゅーん 何人かがその場で倒れた。 /*/ それは恋する乙女の最強伝説。 宇宙にあまねく存在する、ありふれて見える物語のそのひとコマ。 国を越え、世界を越え、あらゆる危機を乗り越えて、ただ愛しい人に会うというだけの物語。 肉体すら捨てて、電網適応。 銃撃も、絶壁も、悪の秘密結社も、マイル坂だって彼女たちを止めることはできない。 そう、恋する乙女はいつだって最強なのだ。 /*/ ログイン。 リワマヒ国。南国の暑さは相変わらず健在だったが、気持ちのいい風が吹いて体感温度を下げてくれていた。 和子はあたりを見回す。 クリサリスはすでに近くにいて、帽子をかぶりなおしていた。 「わ、わークリサリス!」 満面の笑顔で近寄る和子。 (う、うわーいつもと違う服だ!) 昨日はサウドや、松井総一郎らと共に第七世界人と設定国民の問題について相談にのってもらっていた。その時はいつもどおりの服だったと思う。 私と二人で会うから、いつもとは違う服を選んでくれたのかなと思って、和子は幸せな気持ちになった。 「……毎日会うな」 もう一度帽子をなおす。 「うん、連日会えたのは初めてですねー」 にこにこ笑顔の和子。 嬉しそうに尻尾をピーンと立たせている和子に、クリサリスは微笑んだ。 微笑み返す和子。 しゃべらなくても、言葉にしなくても伝わるものが確かに二人の中にあった。 /*/ デートコースは、国内のお散歩に決まった。商店街を通ってバッドさんのコロッケ屋さんへ行くコースだ。 最近のリワマヒ国の定番コースで、デートの締めが食べ物屋さんというところがいかにも美味しいもの大好きなリワマヒ国民らしい。 リワマヒ国内をしゃべりながら歩く。 リワマヒ国は今がちょうど農繁期だった。豊かに実ったナスやトマトなどの夏野菜が目に鮮やかだ。リワマヒ農家の人々は忙しそうに、でもうれしそうに収穫作業をしている。 「こんにちはー!今日も暑いですねぇ!」 和子は手をぶんぶん振って農作業中の人々にあいさつした。 農家の人々はびっくりして和子を見た。 昨日の話を聞いたからか、こちらに怯えている気もする。 それでも、何人かが挨拶をかえしてくれた。 遠慮勝ちに少し頭を下げる。 クリサリスは、さあどうするというような眼で和子をみて少し微笑んだ。 「暑いですから、お水のんでご飯いっぱい食べてくださいー いつもおいしいごはんをありがとうございますー」 和子は気にせず笑顔で手を振って、最後にぺこりと頭を下げた。 「…いい学習力だ」 クリサリスの言葉に暖かさがこもっているような気がして、和子は嬉しくなった。 「先生がいいんですよ。…その、一緒に居てくれる人も、いい人ですし、うん」 (うわー言ってしまった!うー) 勇気を出して口に出してみたものの、少し恥ずかしくなって、和子は何度もうん、うんと頷いていた。 そんな和子を横目に、クリサリスは空を見上げる。 鳥たちが空を気持ちよさそうに自由に飛んでいた。 「ツバメが多い」 「刈り終わった稲穂の実を食べに来るのですね」 それはスズメではないかとクリサリスは少し思ったが、そんなことは重要ではないと思って黙った。 空を見つめるクリサリスとともに、和子は空を見上げた。 無言の時間が流れていく。 それがとても幸せなことに思えた。 /*/ 昔、クリサリスに「お前は何にでも理屈をつける」と言われたことがあった。 三回目に会った、秋の園でのことだ。 そのあと、手をつなぎたいと言った和子にクリサリスは黙って手を差し出してくれた。 初めて二人は手をつないだ。 そしてわかった。世の中には、喋らなくても理屈をつけなくても伝わる思いがあるということに。 笑顔やつないだ手のひらから伝わるものを自然に信じることができるようになった。 だから、何もしゃべらない時間も好きになった。 /*/ リワマヒのあぜ道を歩きだす。 時間がゆっくりと流れているような気になった。 「あの…手を、繋ぎたいなー…て」 照れながら和子は言った。だが、クリサリスは聞こえてないようだ。 (うー) 和子は意を決して、小走りで隣に立って自然に手をつなごうとした。 何度も手を伸ばしたり、ひっこめたりしている。 はたから見たらちょっと滑稽だが、本人はいたって真剣だ。 「…えいっ」 ちょっと緊張して不自然になったかもしれないけれど、クリサリスは手をしっかりとつないでくれた。 暖かくて、肉厚なとても大きな手だった。大好きな手だ。 ふと、クリサリスの手から緊張が伝わった気がして、横顔を見つめた。 「ツバメさんが、なにかクリサリスに伝えたのですか?…私にも、お手伝いはできませんか」 手をぎゅっと握る。背の高いクリサリスを自然と上目遣いで見上げた。 「世界が滅びるかもしれないな」 クリサリスがぼそりと呟いた。 「クリサリスは、どうしたいですか?…私は、あなたのいる世界が滅びるのは嫌です」 手から伝わってくる感情が、切なくて、愛しくて和子は顔が赤くなるのを感じた。 クリサリスはすこし、手を握り返した。 「……お前を安心させたい」 クリサリスの青い瞳は優しい光を宿していた。 「その…ありがとうございます」 嬉しくて、すごく嬉しくて照れ笑いしながら、また手をぎゅーっと握った。 クリサリスは少し微笑んだ。 それだけで、和子はとても幸せな気持ちになった。 /*/ 手をつないだ二人は晴れた南国の空の下を歩いていく。 空を飛ぶ燕が、木陰で休む猫が、野菜を収穫する人々が、二人を見て微笑んだ。 それは、世界のどこにでも在って、そこにしかない恋する二人の物語。 どんな困難も試練も乗り越えてハッピーエンドに向かう、そんなおとぎ話。 二人のお話はまだまだ続いていく。 リワマヒ畑のあぜ道で、お揃いの白い帽子がひょこひょこと楽しそうに揺れていた。 /*/