暖かな陽光さやめく、FEGの王宮。  のんびりとした空気が漂っているのは、長年そこが安全な場所である事と、特に今回は茶会という、穏やかなイベントであるから、だろう。  ところが椅子に車座になった今回の招待客を迎え、茶会の主宰である女性——金村佑華は、僅かに緊張した面持ちで座っていた。  その傍らで割烹着姿の女性——名は芹沢琴という——は、大きなワゴンの上に茶器を揃え、微笑んでいる。  まあ、茶会の賓客がそのFEGの王と王妃、さらにはあの青の厚志と芝村舞——という、なんとも豪華な顔ぶれであれば、主宰が緊張するのは、仕方なき事だろうか。  礼も程々に、手早くその中央に添えられたプチシュークリームの大皿と小分け用の小皿が並べられ、ある程度の茶会の様相が整えられたところで、本日の茶会の本題が、当の主宰の口から告げられた。  それは金村の思い人、小カトー=タキガワによる事である。 「今ショウ君は天領で入院しています。 ただ、宇宙がなくなると、そう言っていました。 ——歴史が変わる、とも。 宇宙がなくならずに一緒にいられる方法ってないのでしょうか?」  少し目を伏せて語るその少し奥で、邪魔せぬように沸騰した湯をセイロンの茶葉の入ったティーポットに注ぐ芹沢の瞳も、僅かに伏せられていた。  やはり、心配ではあるのだろう。 「歴史はかわりそうね。それで因果があやしくなるかも」 「海法の出番だな」  星見司の長の名——盟友たる海法避け藩国の王の名を口にする、是空王。  だんだんと重くなる空気の中、それでも空気を軽くするように芹沢が紅茶をカップに注ぎながら、思い出したように問いの口を開ける。 「そういえば藩王様、本当はコーヒー党ですか?」 「いや、焼酎党」  軽い口調で言いつつ手をひらひらと振る彼の王は、笑顔である。  酒は百薬の長とも呼べる効能が広く知られる遥か前より、人類の友だ。  やっぱり、と呟いたのは本日の主宰、金村。  まあ、彼の王が焼酎党なのは、第七世界で宴席を囲んだ者らはさもありなん、と納得するだろう。  ただ、今は昼の茶会ともあり、嗜めるように芹沢が笑いながら、当の王へ未成年の存在を告げたのも致し方ないのかもしれない。 「んー、無理ね。 新しい恋を探すか、どうかしないと」  そこに、その場を本題に引き戻す素子の声が響く。  その顎には可愛らしく中指が当てられており、傾げられた首とよく相まっていたりする。 「新しい恋をするには、追い掛ける時間が長すぎました。 ショウ君を歴史の因果から切り離す方法ってないんでしょうか?」 「微笑青空って名前の時間犯罪でしょ?」 「やっぱり、青空微笑取る以外に方法はないですか……」  そういわれた瞬間、金村の憂いを現した顔と頭が、落ちた。  青空微笑勲章——それは、生活ゲームにて愛情、友情とともに限界値を超え、さらに試練を越えた先に贈られる勲章である。 その勲章を持つ者のためのACE、通称個人ACEを発生させる為のマジックアイテムでもあるが、確かに時間犯罪と指摘されればそうなのだろう。 「ないわね。どうせ好きならやっちゃえばいいじゃない」 「うわー。おれやっちゃわれたいー」  椅子の上に胡座を掻いて戯けた風な是空王の横で、舞や青が微笑みながら、芹沢からストレートの紅茶を受け取っているのがどこか対称的である。  その風貌から会話の意味は全然、判っていないのが見受けられるのは、まぁ、さておき。  絶妙なタイミングで、芹沢が砂糖とミルクの入ったグラスとスプーンをテーブルの中央に置くと、素子と是空王の前に紅茶を置き、最後に金村の前に紅茶を置いて、一歩下がる。 「どうぞ、お砂糖はご自分でお入れくださいね?」  その見事な給仕嬢ぶりに、金村が芹沢に礼を告げるとひらひらと右手を上下に振った。 気にするなという事らしい。  改めて前を向いた彼女は一息だけ、息を吐き出した。 「どうも、いきなり恋が叶いそうなので……私、臆病になってるみたいです」 「分かる分かる。 確かになあ、誰がなんといっても怖いよなあ」 「ありがとうございます。不安を口にしたらすっきりしました」  是空王の苦笑混じりの言葉に、初めて彼女に笑顔が灯る。  紅茶を口にして一息つくと、こっそり寄った芹沢が耳元で囁いた言葉に、睨みつけたのはご愛嬌かもしれない。 「まあ、しょうがない。とはいえ、ほっとけないもんなあ」 「慣れますかねえ、藩王や素子さんみたいに」  少し遠い目をして紅茶のカップを手に持つ金村に対し、かの王は紅茶のカップに砂糖とミルクを注いで混ぜながら、謡うように目を細めた。 「ま、慣れなきゃ絶望するだけだ。 今よりましだな、怖いよりは」 「青や舞さんみたく仲良しに」 「んー。あのレベルは難しいなあ」  苦笑して横を見れば、プチシュークリームケーキを舞の皿へサーブする青の姿と、それを受けつつも、会話に頷く姿。  空気もどこか見るからに暖かい、というか桃色の空気を纏っている。 「慣れですか−」 「慣れだろうなあ」  なお、王や彼女達の視線には気付いていない、というより、青の眼中にはまったく無いらしくそのままサーブを嬉しそうに続ける姿は、【慣れ】の一言だろう。 「まあ、ずっといっしょだったわね」 「一緒ですかあ。私も青空微笑取ったら、少しは一緒にいられるのかなあ」  それを見つつ紅茶を飲む王は、ひとこと。 「がんばれとしか言えんなあ」 「ふふ、すぐになれるわよ」  それを見て微笑んだ王妃は、軽やかに言い放ち、紅茶を口に運んだ。 /*/  さて、そんな様子を見ていた、手持ち無沙汰の芹沢は、薄めに暗い空気の横で微笑んでいるカップルに、そーっと声をかけてみた。 「あのぅ、青様、舞さん。 紅茶飲み終えたら呼んで下さいね? 折角のお客さんに退屈されたくありませんし」 「うん。 退屈させないって、なに?」 にこにこ笑う青。 プチシュークリームのサーブも終わったらしく、のんびりとそれを口に運んだ。  舞は舞で、紅茶を飲みつつ、周囲を伺う様子を見せている。   「あ、いえ。今深刻な雰囲気なので、その。 もし、よろしかったら、ちょっとお外でますか?」  会話に割り込まないよう、小声で耳打ちする芹沢に、ほわほわと笑った青と、首を縦に振って了承する舞に表情を明るくした彼女。  彼らが紅茶を飲み終えるのを見計らい、外へと案内するべく、歩き出す。  ——今現在、猫百匹が寛いでいる庭へと。 /*/ 「わあ。猫だ。猫。かわいいね」  さて、ここで補足事項を一つ。 青と舞は両方とも猫好きである。 「——ま、舞さん?」  ただし、舞の場合は当の猫を目の前にすると、ぐるぐるさんと化してガチガチになるのである——現に今現在、青の背中に顔を真っ赤にして隠れていた。  それを知ってか知らずや、近づいて来た一匹の猫の頭を撫でながら芹沢は微笑む。 「舞さん、撫でてあげたらどうですか?」 「い、いい。逃げるから」  赤らめた顔と、青の背中に隠れているのが、なんともいじましい姿である。  ただ、ぐるぐると気持ち良さげに喉を鳴らす猫の姿と、それを撫でる芹沢を、少しばかり羨ましげに見ているのは気のせいだろうか。 「いや、ひどいことしなければ逃げないと思いますよ? 舞さん、私達にも親切にしてくれたじゃないですか」 「ほら、舞?」  思い思いに寛ぐ猫達と対称的な舞の姿に、おかまいも無く青は猫を抱き上げ、それを見せれば、それこそ彼女の耳まで真っ赤に染まる。  そうして、邪気の無い青の笑顔と、抱き上げられた腕の中で身体を何度かひっくり返す、猫の愛くるしい姿にそうっと、ゆっくり、ゆっくり、酷く震える手を伸ばそうとした矢先。  猫は彼の腕からすり抜け、大地をすたすたと歩いて行った。  ——沈黙。 「ま、舞さん、大丈夫ですよ。 他にも猫さんたくさんいますし。人懐っこい子もいますよ?」  芹沢が肩を叩いて側にいる猫を抱えて見せるが、その俯いた顔から落胆は晴れない。 「あ、マタタビ持ってました」 「いらぬ。どうせ、意味はない」 「そうだねー」  さらっと、すげない事を言い放った青。  ところが次に取った行動は——舞をお姫様抱っこ、なのだから、彼の人は判らない。  それを横で見ていた芹沢が頬を染める。 「えー? あ、青様? な、何を?」 そのまま群の中に歩いていけば、その足へ猫が次々と集まり、甘えるように首をすりつけたり、尻尾を優雅に振りながら近づく。  全猫、とまではいかないものの、その風景に芹沢が感嘆の声を漏らしたのは当然だろうか。 「ほら、舞?」  ほんわりと青が、舞に微笑むが、沢山の猫達に囲まれたその下を見て、もう一度顔を赤くした後、その体勢のまま頬を殴る。  まあ、流石に然程の威力は無いものだが、彼の人は痛いよ、の一言を笑いながら零した。 「あのー、もしよかったらここでお茶しませんかー? 色々持ってきたんですけどー」 「茶を飲む。つれていけ」 「うん」  それに黄色い声を上げた芹沢は、座り心地の良さそうな緑の、柔らかな平地に荷物を程々の所に置いて、てきぱきとシートを敷くとプチシュークリームを横へ置いて、ポットに湯を注いだ。 「今度はちょっとクセがあるんですが、アールグレイはお好きですか?」 「大丈夫だ」 「よかった。 私はクセの強いのにミルク入れて飲むのが好きなんですよ〜」  首を一つ振った舞へ笑って暖めたポットに、軽やかに香りが漂う茶葉を入れ、湯を注ぐと、ティーコゼーを被せつつ、ぽつり。 「佑華さん、うまく行くといいんですがねぇ」 「そうだねぇ」  舞をシートの上に降ろしつつ、青が視線を僅かに向けたのは、未だ相談中であろう茶会の主催に向けてであった、だろうか−−それは、誰にもわからない。 /*/  さて、一方で。  のんびりと紅茶を飲む藩王と藩王夫人ーー紆余曲折あって結婚したお二人の前で、金村はおずおずと顔を上げた。 「藩王さまは、プロポーズの時どうだったんですか?」 「——まあ、なんというか。震えてキーボードうてんかった」  その時の事を思い出したのか、少し遠くを見て苦笑して言う是空王。 さもありなん、彼の王の素子さんラヴっぷりは結婚前から有名なものである。  一生モノの問題、でもやるしかない、と語る彼の王と、待つのは楽しいと笑う王妃に、彼女はため息を吐き出した。 「楽しい、ですか。 待ってみるのもありなのかなぁ」 「タキガワは突撃しないとダメなんじゃないか」 「……待つのも、勇気いりませんか?」  突撃、と聞いて軽く自分の行動を思い出たようで、俯く。 【突撃してぐるぐるした記憶はよくあるが、自分が好かれているという確信を持てない】というのが、その相談理由であろうか。  つまりは、不安なのであるーー恋する乙女にはよくある話だ。 「俺が、小カトー落としてやろうか?」  にまり、意地の悪い顔で笑う是空王、もちろんジョークとはいえ、精神的に厳しい金村は目に涙を浮かべ、否定の言葉を叫ぶ。  その言葉に、暖かな日差しのような視線を投げかけ、僅かに苦笑したのはその言葉が予想通りだったから、だろう。 「じゃ、がんばれ。 いいな」 「……はい」  それを見ていた素子がティーポットを取り、すこしうなだれながら頷く乙女のカップに紅茶を注ぐ。  その僅かな行動で、重かった空気に涼やかな風が吹き込んだ。 「さぁ、そうと決まったら、お茶を楽しみましょ? 美味しいお茶請けもあるのだし。 なんならお茶、淹れてあげるわよ?」 「おー、素子さんのお茶、俺飲みたーい」  からから笑う王につられて、少し吹き出した金村の顔に笑顔が浮かんだのを見て、王妃は微笑む。   「そうそう、笑いなさい。 女の子は、笑顔が一番よ」  その笑顔は、注ぎ込む陽光のように暖かく周囲を包みこみ、彼女の未来を明るく照らしているようにも見えて。  金村はもう一度、微笑んだ。