「凸(でこ)と凹(ぼこ)」 第二話
第一話 第三話     



「見たか、あれを。あんなの見たら夢に出てきちまうぜ。」
「見た、見た。何しろあの由羅が化粧を落として、スーツを着て、図書館で仕事をしてるんだもんな、驚いたぜ。」
「しかも、むっつりした顔で笑いもしないんだろ。ホント、心臓に悪いぜ。」
「それよりもすごいのがイヴだな。いきなり化粧をして、男達に愛想を振りまいてるんだぜ。服もオープンなものに着替えちゃってるし。」
「やっぱり、あの噂は本当だったんだな。」
 何かと虚実入り乱れた様々な噂が飛びかうエンフィールドであるが、今日の噂は真実だったようだ。その噂とは、「由羅とイヴが入れ変わった」というものである。
 旧王立図書館でメロディが掛けた魔法が、二人の魂を入れ変えてしまったのだが、魔法ギルドの話では、元に戻すには魔力が満ちる満月の夜まで待たなければならない。次の満月までの2週間(もし月が曇で隠れれば、更に一ヶ月)を待てば、それぞれの魂を自分本来の体に戻す事ができる。その間に無理に魂を戻そうとすると、双方の体に悪影響を及ぼし、最悪の場合は二人とも一生このままになる、と脅されて、当の二人はしぶしぶながら他人の体を2週間借りると言う事態を受け入れたのだった。

 由羅は相変わらずの自堕落な生活を続けている。それどころか体が入れ変わった事を新しいおもちゃが手に入ったかのように思っているらしく、いつになく生き生きとしている。
 だが...。
「退け、退け!急患だ!!邪魔をするな!」
 さくら通りをトーヤ先生が走り抜けていく。
「あ!先生!早く、こっちこっち!」
 さくら亭の前で看板娘のパティがトーヤを見つけて手招きしてる。さくら亭に入ったトーヤはすぐさま倒れてる患者を診察した。
「あ、あの...あたしも心配で最初はお酒を出すのを止めようと思ってたんですけど、『あたしは由羅なんだから大丈夫』って言うから、ついお酒を出しちゃったんです。」
 パティが不安そうに釈明したが、それを聞いてトーヤはあきれた顔で言った。
「全く...。中身が由羅でも体がイヴなんだから、酒の許容限度が少ないのはあたりまえじゃないか。」
「ごめんなさい...。」
「幸い命に別状はないから、気が付くまで2階で寝かせてやってくれないか、パティ。まぁ、これで由羅も少しは懲りるだろう。」
 イヴの体に酒の耐性が無い為、体が入れ変わった事がわかった時点で、急性アルコール中毒を心配したトーヤが由羅に禁酒を申し渡していたのだが、由羅は最初っから守る気は無かったようだ。

 イヴはと言うと、こちらも相変わらず、しっかり体を隠すスーツを着込んで図書館のバイトに励んでいた。しかしイヴにとっては頭の痛い事の連続だった。体のサイズが違うだけでなく、尻尾まで付いているのだから、スーツを新調せざるを得なかったし、なによりこの体は労働向きにできておらず、数冊の本を運んだだけで息切れがしてしまうのだった。さすが酒ビンより重いものを持った事が無いと豪語するだけの事はある。
 このままでは仕事が進まないので、やむをえずジョートショップに手伝いを依頼しておいた。少し遅いな、と思った時にタイミング良く聞き覚えのある声が聞こえた。
「こんにちわ、イヴさん。ジョートショップです。」
「いらっしゃい、シェリルさん。10分の遅刻ね。」
「ごめんなさい。実はクリス君が...」
 そう言って自分の後ろに隠れているクリスの方を見た。
「どうかしましたか、クリスさん。」
「ひぇっ!!」
 イヴの問いかけに悲鳴で答えてしまったクリスだったが、何とか持ち直したようだ。
「ご、ごめんなさい、イヴさん。その...由羅さんに迫られたみたいでちょっと驚いただけです。」
「仕方が無いですね。今は由羅さんの体なんですから。」
「私たちが遅れた原因もその事なんです。途中でイヴさんに...いえ、由羅さんに出会ってクリス君が追いかけまわされていたんです。」
 ピシッ、という音が聞こえてきそうなほど一瞬にしてイヴは表情を硬くした。
「いつもなら僕は由羅さんを見かけたらすぐに逃げるんですけど、イヴさんの姿をしていたから油断して捕まっちゃったんです。」
 ピシピシッ!クリスを追いかけまわすイヴ。その光景が脳裏に浮かんでイヴの表情はさらに硬くなった。
「でも、あたし、イヴさんのあんな楽しそうな顔、初めて見ました。それにあんな大胆な服で...。」
ギシッ!!
「さ、さあ、二人とも。遅れた分もきちんと働いてくださいよ。」
「は、はい!」

「わ〜い、おね〜ちゃんがかえってきた〜。ごろごろ。」
「ごめんなさいね、メロディさん。今日は由羅さんに用事が有
って来たの。甘えるのは後にしてもらえないかしら。」
「みぃん...。」
 今回の騒ぎの張本人のメロディだったが、同時に深刻な被害者でも有った。メロディは由羅もイヴも好きだったが、常日頃、姉と慕っている人物が家から離れて、別の人物が家に来て、それまでの姉のように振る舞っているのである。頭では同じだと理解しても、姿や声だけでなくメロディにとっては大事な判別方法である体臭までも違う為に半ばパニック状態に陥り、由羅(見た目はイヴ)に甘える事ができなかったのだ。
 そこに由羅の姿をしたイヴが家に来たので、思いっきり甘えようとしたのだが拒否されてしまい、今にも泣き出しそうなメロディであった。
「由羅さん、もう少し自重してもらえませんか?私の体なんですから。」
 その日の仕事が終わってすぐ抗議の為に直接由羅の家に出向いたイヴに対して、由羅はうんざりした顔をしてたが、ある名案を思い付いた。
「も〜、そんなにうるさい事言うんだったら...」
 由羅は少しいたずらっぽく笑って見せた。
「穴、開けちゃうわよ。」
「穴?一体何に開けるつもりですか?」
「何って...いや〜ん、"イヴちゃん"わかんな〜い。」
 わざとらしく頬に手を当ててブリっ子してみせた由羅を見て、イヴは怒りが込み上げてきたが、意味はまだわからなかった。
「??...あ。...まさか!?」
 しばらくしてイヴは思い当たる節が有ったようで、顔が青ざめたかと思うと、一転して顔を紅潮させた。
「イヴったら、本当に固いんだから〜。」
 由羅はイヴの反応を楽しんでいるようだった。
「あ、あなたと言う人は...何と言う事を...人の体だと思って...。」
 由羅の挑発に見事に引っ掛かったイヴは、言葉を詰まらせてしまった。体は怒りと羞恥に振るえ、今にも血管がブチ切れそうだった。
「おねーちゃん、あなってなんのことですか〜?」
 メロディの素朴な疑問に由羅はイヴを横目に見ながら答えた。
「あのね、体が傷付くと血が流れて痛いでしょう。それと同じで穴が開くと痛いのよ。」
「ふ〜ん。」
 質問に対する答えとしては不十分だが、イヴをからかうには十分だった。
「う...うぅっ...。」
 イヴは反論もできずに立ち尽くすしかなった。
 イヴ・ギャラガーの苦難は続く。


− 続く −

 今回は何と言っても由羅の問題発言に付きますね。これで二人のファンを敵にまわしたんじゃなかろうか?
 意味がわかった人も言っちゃダメだぞ。
               越後屋善兵衛




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98.1.23 越後屋善兵衛